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FIDESの船出は最初から順風満帆だった訳ではない。最初は市場の動向と自分のこだわりを重ね合わせることに苦労したが、その過程の中で考え方を変化させていった。
「最初はオシャレな人、服に対して感度の高い人に着て欲しいと考えていました。僕は無地の服が好きなので、『分かってくれる人には分かる』と、素材などにこだわった無地の服を作ることが、僕の尖っていた部分でした。でも、それではなかなかそのオシャレで尖った人たちにも刺さらないし、1、2年やってみて、『これじゃ売れない』と思いました。
よく考えるとオシャレな人ってそれぞれすでに好きなブランドがあるし、こだわりも強いんです。揺るがない自分の主義がある。そこをどうにかするのではなく、逆にそこまでファッションに拘っていない人との中間にいる、どちらでも良い人たちに刺さる商品を作ろうと考えるようになったんです。ちょっとオシャレをしてみたいけど、そこまで躍起にならないというか、機会があればオシャレをしたいと思っている人をターゲットにしようと」
ただ、だからと言ってこだわりをなくして、市場に合わせすぎて、オリジナリティがなくなり、ブランドコンセプトが曖昧になってしまっては本末転倒だ。そこで小林は生地や縫製のこだわり、「自分が着たくないものは絶対に作らない」という、変えてはいけないものは変えずに、柔軟性を見出せるところを探し出して具体的なアプローチに乗り出した。
「自分が着たいモノであり、かつオシャレすぎないというか、そこまで尖っていない服。正直、僕自身がこれまでブランド名がバーンと出た服を着てこなかったのもあって、最初はどこのブランドなのか分からないくらいでよかったんです。でも、それでは周りに伝わらない。そこで『FIDES』というロゴを入れた途端にめちゃくちゃ売れたんです。
このことから大きなヒントを得ることができました。『高い生地を使って、縫製にもこだわっています』だけではお客さんに響かない。見た目のデザインがあって、初めて興味を持って、手にとって、着るようになってから『ここ生地もいいよね』となるんです。裏を返せば、そこは絶対にぶれてはいけない信念としてやり続けてきたからこそ、バッと認知が広がった瞬間に、服の質が評価のポイントとして定着をしていったのだと思います。売れなかったと言って、デザインだけ重視して生地の質を落としていたら、こうはならなかったと思います」
一気に光明が開けた。最初に『FIDES』のロゴを入れた商品は、彼の信念を貫くためにその当時の商品の中で一番素材の良い物にしたことがヒットを強烈に後押しした。
「メーカーを見て買ってくれた人が『めっちゃいい生地』と気づいてくれるじゃないですか。ただみんなが流行で着ているわけじゃないことを理解してもらえると思うんです。それを定着できたことが今に至る大きなポイントだったと思います」
売れたからと言って、ここから『FIDES』のロゴを前面に押し出していくのではなく、あくまでワンポイントとしてデザインに落とし込むことも彼の信念だった。
「もう1つ大事にしているのは、プレゼントでもらっても困らない、嫌じゃないデザインであることです。自分の主義を持ちながらも、受け手のことを考える。何か尖った柄や蛍光色の服を送っても、着ない人は着ないじゃないですか。だからこそ、『シンプルなデザインで物もいいから誰が受け取っても喜んでくれる』というコンセプトは重要なことだと思っています」
結果、『FIDES』は大きな広がりを見せた。交流のあるJリーガーが多く着るようになり、それを見たファンやサポーターが購入してくれる。それだけではなく、サッカーに興味を持っていない人たちも店舗に足を運んだり、オンラインショップやポップアップで購入してくれたりと、人気ブランドへの階段を登って行った。
ビジネスが軌道に乗り始めて来たからこそ、それに満足せずに新しい視点を取り入れて、チャレンジをしていく。小林は2022年に『FIDES GOLF』を立ち上げた。
「もともとゴルフウェアをやる予定はなかったのですが、知り合いでゴルフをやっている人が多くて、一緒にラウンドを回ったりする中で、『こんなゴルフウェアがあったらいいな』というアイデアがちょっと浮かんでいたので、いい機会だしチャレンジしてみようと思いました。最初は『なんでサッカーじゃないの?』と言われましたが、サッカーはもうアディダス、プーマ、ナイキなどの最大手がいる中で、そこに割って入ろうとしても、そんな大規模なことはできないので、視点を変えようと思って始めました」
『FIDES GOLF』は火がつくのが早かった。デザインとフィット感、動きやすさなどが好評を呼び、認知は一気に広がった。2023年の『Sansan KBCオーガスタゴルフトーナメント』では公式ウェアに採用されると、今では定番ブランドとしての地位を築いている。
彼のチャレンジはこれで終わらない。福岡発のコーヒー専門店である『NO COFFEE』とコラボレーションし、『NO SOCCER』のロゴを入れた商品を発売して人気を博した。さらに人気サッカー漫画『キャプテン翼』とコラボするなど、業界の常識に囚われない自由な発想でブランドを発展させている。
アパレル業界で8年目を迎えている今もその情熱と信念、柔軟性は一切変わりなく、むしろ多くのアイデアとヴィジョンが広がっている。同時に人と人のつながり、『FIDES』の真の意味での『信頼』を勝ち取る難しさと大切さを改めて痛感しているという。
「現役の頃って自分さえ良ければ成長できるし、試合に出ることもできる。自分の力、努力でなんとかなることがあるのですが、商売はそういう訳にはいかない。自分がいいと思っても違う事が多いし、景気にも左右される。僕の中で商売は人と人とのつながりだと思っています。
お客さんやその周りの人が僕らを信頼してくれないと物って絶対に買わないと思います。その人がこのブランドを、僕を、スタッフを信用してくれないと買わないし、たまたまデザインが良かったからというのがあっても、それは1回で終わってしまう。また着たいと思わせるにはまずは人と人で、その上でしっかりとした商品がある。どちらも欠けてはいけない要素だと捉えています。
取引先とのつながりもお互いがWIN-WINの関係が大事で、どちらか一方だけがいい思いをしていたら絶対に続かないので、こっちだけの都合がいいことを僕は押し付けないようにしています。相手も稼ぎながら、自分も稼ぐ。お互いが大きくなっていくスタンスでやっている上で、要求すべきところは要求していくし、目の前の結果にこだわりすぎて、自分だけいい思いをしていないか常に客観視をしています。
どの世界でも自分一人で生き残っていくことは本当に難しいし、つながりが大事になるのは世の常。それこそ自分だけがいい思いをしていたら、何も返ってこない。信頼を築くって人生そのものなんです」
1時間に渡るインタビューを通じて、人間的な視点、ビジネスマンとしての視点、そして信頼という無形資産への概念。多くの感銘と学びを得ることができた。
インタビュー後、店舗に戻ってコンセプトを理解した上でもう一度服を見ると、紡がれた言葉たちが形になっているという感覚が芽生え、2着の服を気に入って購入をした。今、筆者はその購入した服を着てこの原稿を書いている。
どんなに時代が移り変わっても、職業が移り変わっても、結局行き着くところは人。小林久晃の人生を通して、改めてそれを教えてもらった。
小林久晃(こばやし てるあき)
茨城県出身の元プロサッカー選手。ポジションはDF。
駒澤大学を卒業後、2002年にジェフユナイテッド市原(現・ジェフユナイテッド市原・千葉)へ入団。以降は、モンテディオ山形、ヴィッセル神戸、ヴァンフォーレ甲府でプレーしたのち、2012年にサガン鳥栖へ加入。2016年12月9日現役引退を発表し、15年のプロキャリアに幕を閉じる。
引退後の2017年にアパレルブランド「FIDES(フィデス)」2022年に「FIDES GOLF」を立ち上げ、福岡・今泉の直営店、ECなどで展開。元プロサッカー選手のキャリアや人脈を活かし、アスリートの支持を集める。