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掲載日:2026.2.3
最終更新日:2026.2.3
バスケという衣を脱いだときに、どれだけ人が支えてくれるか「人として成長する」大切さを、子どもたちにも伝えていきたい【後編】
プロバスケットボール選手を引退後、地元・静岡に本社を置くフジ物産にて、アスリートのセカンドキャリア支援事業「Ath-up(アサップ)」に携わる大澤歩さん。自ら立ち上げた「A’z basketball school」では、バスケットボール選手として以前に、人として成長していってほしいとメッセージを伝えています。引退したあとの人生を常にイメージしていたという大澤さんに、そのキャリア観に至った背景を聞きました。
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INTERVIEWEE
大澤歩(フジ物産株式会社Ath-upチーム・キャリアアドバイザー/A'z basketball school代表
interviewer / writer:Rumi Tanaka
引退後に手掛けたのは、自身の経験を機に生まれたアスリートキャリア支援事業

前編はこちらからご覧ください。

23年7月にプロ引退を表明し、翌8月にはフジ物産に入社した大澤さん。9月には「A’z basketball school」の立ち上げを進め、ほぼブランクなく次のキャリアに移行している。ビジネス経験ゼロからの、営業職とスクール運営のパラレルキャリアへ。環境は大きく変わったものの、「キャリアチェンジには何のストレスもなかった」と話す。

「僕はバスケをプロとしてやってきましたが、フジ物産に入れば周りには各職種のプロがいました。その道で経験を積んできたという点で、”プロ“であることは変わりません。ビジネスの世界に飛び込んだからには、周りの先輩から学び、分からないことを一つひとつ教えてもらいながら知識と経験を積んでいくしかなかった。20代前半の若手メンバーと一緒に成長していくのも刺激になりますし、できないことを恥ずかしいと思うようなプライドもありませんでした」

 

バスケを通じて、「毎日、試合ごと、シュートごとにPDCAを回すクセが身についていた」ことは、営業でも活きているという。

 

「営業も同じように、契約に至るまでに細かな行動のプロセスがあります。何を改善すれば、お客様との接点が増えるのか、商談準備に改善すべきポイントはなかったか…など、一つひとつのアクションを丁寧に振り返ることが大切。やってみると、共通点はたくさんあるんだと気づきました」

 

そもそもフジ物産との出会いは、プロ選手時代に遡る。2019年のベルテックス静岡のチーム立ち上げから2シーズンを過ごす中で、協賛企業の一つだったフジ物産の山﨑伊佐子社長と親交を持つようになった。その後、大澤さんが急遽チームから離れることになったと知った山﨑社長は、「アスリートがいかに不安定な環境に置かれているか」を実感。

アスリートのキャリアを支援する仕組みが必要だと、新規事業としてアスリートに特化した人材サポート事業「Ath-up」の立ち上げを決めた経緯がある。

大澤さんとの出会いを機に生まれた事業を、引退後の本人が携わるというめぐり合わせ。「A’z basketball school」との両立を叶えたいという想いを受け入れ、柔軟な働き方を実現させてくれたのも山﨑社長の理解があってこそだったと、大澤さんは振り返る。

 

「スクールを立ち上げることは、引退前からの強い思いでしたし、やろうと決めていました。でも、スクールだけでやっていくのはリスクが高いこともわかっていた。選手の頃から、オフシーズンに静岡に戻り、バスケのクリニックを開いていたので、これでお金を稼ぐのは大変なことだぞ、と実体験で感じていたんです」

 

安定して家族を養うことができ、かつ、自分の夢だったスクール運営を継続できる方法はないか。模索するなかで、フジ物産とスクール運営の二刀流の道を見出していったという。

 

「山﨑社長は、スポーツがいかに多くの人々を惹きつけ、ポジティブなエネルギーを持つものなのかを肌感覚で知っている人。僕がフジ物産の営業職とスクール運営を両立させることで、フジ物産自体の認知度向上に貢献してくれるだろうと期待してくれました」

プロ経験で学んだ「コミュニケーションの大切さ」を、ビジネス研修に活かしていく

「Ath-up」では、アスリート人材のキャリアサポート事業を展開している。対象は、元プロ選手、デュアルキャリアで現役を続けている人、体育会学生など様々だが、共通点はアスリートであることだ。大澤さんは、そうしたアスリート人材の採用企業の開拓を進めると同時に、自身の経験を活かしたチームビルディングワークショップ(心理的安全性)の提供も進めているという。

 

「入社して気づいたのは、アスリートもビジネスパーソンも、チームが抱える課題は同じだということです。プロの世界でも、一方的なコミュニケーションはチームに不協和音を生みます。ヘッドコーチが選手に対して、どのタイミングでどんな言葉を用いてメッセージを伝えれば、選手は受け取りやすくなるのか。上司が部下に対して行うフィードバックも同じで、伝え方一つで受け手の反応は180度違ってきます。

僕は小学校からプロまで、すべてのカテゴリーでキャプテンを務めてきました。ヘッドコーチと選手の間に立つことも多く、コミュニケーションの重要性を何度となく痛感してきた。その経験を、研修内容として体系化していくことで、自分にしかできない人材育成サポートにつながるのではないかと考えました」

今まさに提案を進めている研修では、座学でチームビルディングについて学んだあと、実際にバスケを通じて体を動かしながらコミュニケーションの在り方を“体験”していくという。

 

「資料を使った座学の研修なら、僕よりはるかに長けた人がたくさんいます。自分だからできることは何か。お客様に貢献できる方法は何かと考えて、体系化してきたのがバスケを取り入れた研修です。こんな新しいチャレンジをさせてもらえることに、いつも感謝の気持ちでいっぱいですね」

”何者でもなくなる自分“を想像し、次のキャリアへの準備をしていく

プロの経歴や経験を活かしながら、一方でゼロスタートである立場の謙虚さも忘れない。そのバランスの良さは、いったいどこから来るのか。大澤さんは少し考えたあと、「母親の影響はすごく大きいですね」と話し始めた。

 

「母は、6人の子どもを育てた、絵に描いたような“肝っ玉母さん”。子どもの頃は、母がバスケの試合に応援に来るのが嫌でたまりませんでした。誰よりも大きな声で僕の名前を呼ぶので、どんな会場でも目立って仕方ないんです(笑)。

でも、その熱量の一方で、『一人の人として成長しなさい』と冷静に言い続けてくれたのも母でした」

小学生で清水選抜に選出され、中学生で県選抜のキャプテンを務め、市内でどんどん有名になっていった大澤さん。母はその活躍を喜びながらも、「バスケから離れて、ただの一人の人になったときに、どれだけ周りの人が手を差し伸べてくれるかが大事なんだよ」と言い聞かせてくれたのだという。

 

「僕は、これまでの人生をずっと、バスケットボール選手という衣を着て過ごしてきました。バスケに守られ、バスケがあったら応援してくれる人がいつも近くにいてくれた。その状態は決して普通じゃない、振り返ったときにどれだけの人が声をかけてくれるかを大切に過ごしなさいと、節目節目で言ってくれたことは、確実に僕の考え方に影響を与えています。

いつかはバスケットボール選手ではなくなる。“何者でもなくなった”ときを想像し、そこからの人生の方が長いのだと考えられるようになったから、引退後の新しいキャリアにも違和感なく入っていけたのかなと思っています」

 

アスリートのキャリアサポートに携わる今、自分がプロ選手を経験してきたからこそ、「準備をする」大切さを伝えていきたいと話す。

 

「まず伝えたいのは、なんとかなることなんてない。なんとかするのは自分自身、ということです。選手としてやるべきケアや食事、練習などの時間を差し引いた自由時間をどう使うかが大事で、本を読むでも人に会うでもいいでしょう。世の中にはどんな企業があり、どんな職種があるのかをインターネットで調べるのもいいと思います。

選手生活を続けながら、やりたいことは何かを考えたり、事業プランを立てたりするのは難しいかもしれない。でも、いろんな世界の人に会って考え方を聞くだけでも視野は広がっていくはずです。

大切なのは、準備をするという意識を持つこと。スモールステップを重ねることで、プロ生活を終えたあとの人生を少しずつイメージできるようになっていくのではないでしょうか」

 

今後、大澤さんが手掛ける事業から、どんなアスリートたちが新たなキャリアを切り拓いていくのか。子どもたちの育成を含め、これからの活躍にも注目していきたい。

大澤歩(おおさわ あゆむ)

フジ物産株式会社 経営企画部 アスリートサポートディビジョンAth-up/A’z basketball school代表

静岡県清水市出身。兄弟の影響で小学3年生からバスケを始める。中学生時代に静岡県選抜に選出され、静岡学園に進学。国体(新潟国体2009)で全国準優勝。専修大学ではインカレ5位入賞。2015年に広島ライトニングに入団し、2シーズンで48試合に出場。香川ファイブアローズ、ベルテックス静岡、岩手ビッグブルズへの移籍を経て、2023年7月に引退を表明。翌8月にフジ物産に入社。自身が代表を務めるA’z basketball schoolの活動とのパラレルキャリアを続けている。

CREDIT
interviewer / writer : Rumi Tanaka
director / editor : Yuya Karube
assistant : Hinako Murata / Makoto Kadoya / Naoko Kamada
SPECIAL THANKS
母親、大澤弥生
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