「セカンドキャリアのためにサッカーをやらないでほしい、とは思います」

インタビューの始まりから、彼は「自身のキャリアを踏まえて伝えたいこと」としてこう口にした。

「今、僕がこうしていろいろな経験ができて、社会を通じて学べているのはサッカーをやりきったから。サッカーの世界と社会の違いに気付けるのは、サッカーを一生懸命やったからだと思うんです。サッカーにはビジネス的な要素が多く含まれていて、リンクする部分が多い。課題のためにどれだけ練習して身につけて、ただ個でアプローチするのではなく、それをチームとしてどう発揮して、個人的な目標とチームの目標を達成できるか。そうした経験を全力で出来た人は社会に出ても、最初は戸惑うとは思うのですが、打開し、協調するメンタリティーを持っているので、どんどん成長して、いずれその分野でもやっていけるようになると思います」

この考えは彼自身がそれを実感したからこそのものだろう。彼はこう続けている。

「この『やり切ってほしい』というのは、10年、20年という長い期間での話ではなく、この半年、1年という短いスパンでの話。1日２時間の練習の過ごし方にコミットできない人間が、社会人で１日に８時間も働けるわけがない。しかも、知識と経験が幼少期から積み重なっているサッカーというものを使って、この２時間で解決策を考えてトライする日常が当たり前にならないと、ここから先、これまでに触れたことのない知識や経験が求められる環境ではやっていけない。だからこそ、フルコミットしてファーストキャリアをやりきってほしいんです」

彼は長いプロサッカー選手生活の中で、1年1年の勝負に拘ってきた。移籍を重ねて違う環境下に身を置くことになっても、「自分がここでなんのために必要とされているのか、どうサッカーに集中できる環境を作るかを大事にしてきました」と、まずはそのクラブの性質や監督の方向性、地域性を学び取って徐々にアジャストさせていくことに長けていた。

だからこそ、彼は2006年の柏レイソル加入から2019年のVファーレン長崎まで、Jリーグ生活14年の中で、J1リーグ178試合、J2リーグ113試合出場という偉大な数字を残すことができた。

その過程の中で１つのターニングポイントになったのが2016年の出来事だった。シーズン途中の7月に徳島ヴォルティスから清水エスパルスに移籍をするも、度重なる怪我に悩まされていた。その時期にふと、その年のルヴァンカップでMVPに輝いた李忠成のテレビインタビューを見た。

「忠成くんはよく知っている存在だったので、何気なく見ていたのですが、その時のインタビューの受け答えがこれまでの忠成くんと全然違ったんです。自分の言葉をしっかりと選んで口にしている様子を見て、すぐに『何があったんですか？』と電話で聞いたんです」

すると李は「メンタルコーチをつけてから言語化できるようになった」と返答があり、そのメンタルコーチを紹介してもらった。

「自分を見つめ直す機会になりました。正直、サッカー面でのパフォーマンスは向上したわけではなかったのですが、気持ちの整え方とか、サッカーへの向き合い方、サッカー選手としての自分自身を知ることの大きなきっかけとなっただけでなく、その分野への興味も持つことができた」

ちょうどその辺りから「いつサッカー選手を辞めないといけないか」という不安が頭をもたげてきていた。その不安をかき消すのではなく、それも自分の１つの思考であると受け止めながら、自分がサッカーをやる意義などを考え続けた。

メンタルコーチングを受け、食事にもかなり気を配り、ヨガも取り入れた。サッカー選手としての人生を後悔なく走り切るために必要だと思ったことは率先して取り組み、継続した。

もがきながらもキャリアを重ねてきた2019年。長崎で過ごした１年間が今の道を切り開くきっかけとなった。

「長崎には単身で行ったのもあって、時間がすごくあったんです。練習場から家までの間に海が見えるカフェがあって、そこにほぼ毎日通って、２〜３時間くらい過ごしていたんです。ただぼーっとするのではなく、そこで自分の思っていることや感じたことをノートに書くようになりました。ちょうどメンタルコーチングを受け続けて、自分の中で知識も増えてきたタイミングだったので、アウトプットもしてみようと思って、自分自身をより深く分析するためにノートに書くことを始めたんです」

書けば書くほど、自分という存在、考え方、生き方が鏡のように映し出されて可視化されていく。さらにサッカーを始めた頃、少年時代のことも書き出すようになった時、ふと小・中学生時代の恩師からもらった言葉を思い出した。

「ボールを持ったら迷わず自分のことを表現しろ」

思い出した瞬間、力強く背中を押された気がしたという。

「自分のことが表現できるなら、たとえボールを蹴らなくても怖くないと思いはじめたんです」

自身がキャリアの晩年に差し掛かっていることはわかっていた。長崎でもなかなか試合に絡めない現実を見ると、自分がサッカー選手でいられる時間の終わりが近づいていることも。しかしそこで焦るのではなく、サッカーができなくなっても、自分を表現し続けることができれば、いつまでも自分らしく生きていけると勇気をもらった気がした。

2019年シーズン終了をもって、長崎から満了を告げられた。Jリーグへの移籍を考えたが、オファーがこない現実に対し、長谷川は打ちひしがれるどころか、むしろ「大きなチャンス」と前向きに捉えていた―。

中編はこちらからご覧ください。

長谷川悠（はせがわ　ゆう）

山梨県出身の元プロサッカー選手。ポジションはFW。

流通経済大学付属柏高校を卒業後、2006年に柏レイソルでプロキャリアをスタートした。以降、FC岐阜やアビスパ福岡、モンテディオ山形など複数クラブへの期限付き移籍を経験。さらに2010年にはモンテディオ山形へ完全移籍し、その後も大宮アルディージャ、徳島ヴォルティス清水エスパルス、V・ファーレン長崎と様々なクラブを渡り歩き、恵まれた体格を活かしたポストプレーと空中戦の強さでチームの勝利に貢献した。

2020年からはオーストラリアに渡ってウロンゴン・オリンピックFC、シドニー・オリンピックFCでプレー。2022年の帰国と同時に南葛SCへ加入し、2023年に現役引退を発表。およそ17年に及ぶ競技人生に幕を下ろした。

引退後は株式会社Nice and sunnyを設立。現在は街クラブGINGA FCのシューティングアドバイザー兼自己分析・メンタルアドバイザーを務めながら、VIRDSフットボールアカデミーでコーチとしても活動している。