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掲載日:2026.4.27
最終更新日:2026.4.28
【後編】藤枝MYFC副社長のキャリアの原風景はコンビニ勤務?元Jリーガーがチームと駆け上がる恩返しと信念の道
槙野智章新監督が就任し、大きな話題を呼ぶJ2・藤枝MYFC。2014年にJリーグに入会すると、2022年には悲願のJ2昇格を達成した。須藤体制5年目の昨季はJ2で15位。今季は新体制で臨む新たなシーズンとなった。 その中でクラブ運営の中枢を担うのが、2023年から副社長を務める三好洋央だ。彼は2016年からの2年間、選手としてこのクラブでプレーをしていた元Jリーガー。 大分トリニータU-18、大阪教育大学を経て、2010年から当時JFLだったブラウブリッツ秋田に加入し、6年間プレーしてからの藤枝移籍だった。 近年、元Jリーガーがクラブの経営の要職につく形は増えているが、彼の経緯は非常にユニークかつ波乱に満ちていた。
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INTERVIEWEE
三好洋央(藤枝MYFC・取締役副社長)
interviewer / writer:Takahito Ando
飲食店の経営を経て、再び副社長として藤枝MYFCへ

「営業を通じて社会人としてのスキルを身につけることができたことで、経営をやりたいという気持ちがまた強くなったんです。それで一度サッカー界を離れて、知り合いの方と共同で飲食の経営をやっていました」

 

環境を変えて、違うジャンルで新たなチャレンジをしていたが、かつてクラブスタッフとして存在感を放っていた三好を、藤枝MYFCの徳田オーナーがそのままにしておくはずがなかった。

 

「ちょうど藤枝がJ3からJ2に上がるタイミングで『戻ってこい』と言われたんです。徳田オーナーも僕が経営者をやりたいということを知ってくれていて、副社長というマネジメントする側のお誘いをもらった。断る理由は1つもありませんでした」

2023年、三好は藤枝MYFC副社長に就任をし、サッカー界に戻ってきた。

 

「まずはこのクラブをJ2リーグに残さないといけない。これが1番の目標でした。そのためにフロントとしてできることは、まず資金を集めること。スポンサーセールスメニューからもう一度叩き台から作り直して、営業面でも強固な組織にしていくことを目指しました」

 

この変革で活きたのが秋田からスタートした、サッカーと仕事の両立の日々だった。指示されたことを遂行する力からスタートし、徐々に自ら考えて工夫や利益に直結する行動を取るビジネススキルを学んできた。サッカー界を離れ飲食業界で経験したマネジメントスキルを組み合わせて、彼はサッカークラブの経営者の一人としての立場を確立していった。

地域のアイデンティティ、クラブの信念を大切にする理由

さらに選手の声、現場の声にも耳を傾ける一方で、プロクラブを経営する上で一番大切なのはファン、サポーター、地元の人々だというターゲットもぶれなかった。選手契約の際はホームタウン活動における選手の参加の重要性などを、クラブビジョンとしてしっかりと伝えた。

 

「選手にとってファン、サポーターは1番大事な存在。選手にも常に『自分はなぜサッカー選手としていられるのか』を考えられる選手であってほしいと思うし、そういう選手が増えれば、クラブの成長につながっていく。それが地域とのつながりも強化され、地域と共に選手とクラブが成長していくあるべき姿になっていけると思っています。」

静岡県は県全体のサッカー愛が強い。その中でも藤枝市は藤色のユニフォームでお馴染みの藤枝東高校を筆頭に、よりサッカー愛が深い地域と言える。三好は長い年月をかけて培われてきた藤枝市の基本理念である『歴史・誇り・夢あふれる蹴球都市ふじえだ』としての歴史と伝統も重要視してきた。

 

「藤枝MYFCというクラブはユニフォームの藤色を見ても分かる通り、この地域に支えてもらっている、一体感を持ってやっているクラブだという自負があります。その上、両隣にはジュビロ磐田さん、清水エスパルスさんというビッグクラブに挟まれていても、藤色のプライドは変わりません。だからこそ、これからも藤枝MYFCとしてのオリジナルを出していかないといけませんし、その視点に立っても、これまで同様に地域と共に歩んでいくことは非常に重要な軸になっていくことは間違いありません」

「誰かのために」仕事を続ける。原風景を持っている人間の強さ

地域が持つ絶対的なアイデンティティーをクラブの信念として大事にする。この考えは、三好の『人や地域に支えられて自分がある』という、これまでの人生で培ってきた人生観、そしてサッカー観とも完全に合致している。それも彼が副社長として尽力できている重要な要素だ。

 

詰まるところ、やはり彼のこれまでの経験ひとつひとつが大きな財産となり、自分を確立している強固なバックボーンとなっている。

 

もちろんイメージ通りに物事はなかなか進まないこともあるが、チームはJ2残留を続け、今季はJ2で4年目のシーズンを迎える。

 

「好きなことを仕事にできているというところにやりがいを感じます。ここにいる縁というのは、いろんな方にお世話になったというのがまず大きい。僕が仕事をするにあたって一番大事にしているのは、お世話になった人に恩返しする、誰か人の力になるなど、『誰かのために』という部分を念頭に置いて仕事を選んできました。今もそこを一番大事にしています」

三好がこの初心を忘れないのには実は大きな理由があった。それは誰もが身近に目にする光景に隠されていた。

 

「今もコンビニの看板を見たら、あの頃を思い出して原点回帰ができるんです。それくらい僕にとって秋田でのコンビニバイトの3年間はとても印象深くて、自分を大きく成長させてくれたかけがえのない経験なんです」

 

初心に立ち返ることができる『原風景』を持っている人間は強い。うまくいかない時や逆に驕ってしまいそうな時に、自分をしっかりとあるべき立ち位置に戻してくれる大切な場所であり、心の拠り所となるからだ。

「なぜ自分がプロサッカー選手でいられるか」を問うこと

実にユニークなキャリアを歩んできた三好に、最後、このサイトのメインテーマであるセカンドキャリアについて聞いてみた。すると、少し考えてからこう口にした。

 

「僕の経験上、セカンドキャリアを最初から意識しろとは言いません。でも、現役の時からいろいろなことに興味を持つことは大事なことなのかなとは思います。僕の場合はコンビニや社員経験でしたが、プロサッカー選手であればその競技に特化していくことも大事なので、サッカーに集中しながら、サッカーに付随するもので興味を持つことも大事だと思っています。

 

例えばトレーナーだったり、指導者だったり、エキップ(用具係)だったり、僕のようにホームタウン活動に興味を持って率先して参加をすることで得られるものもあると思うんです。

 

大事なのは『自分がなぜプロサッカー選手でいられるのか』という根本的なところを選手時代から考えることが大事だと思うんです。自分の考えを明確にすることと、いろんなことに関心を持って、多岐にわたって自分の考えを明確にするということ、行動すること。これが重要な鍵を握っていると思います」

番外編はこちらからご覧ください。

プロフィール写真

三好洋央(みよし ひろちか)

長崎県諫早市出身の元プロサッカー選手。現役時代のポジションはミッドフィールダー(MF)、フォワード(FW)。

大阪教育大学を卒業後、2010年にブラウブリッツ秋田へ入団。J3リーグ初参入となった2014年には得点ランキング4位タイとなる12得点を記録し、チームの躍進に大きく貢献。2016年に藤枝MYFCへ移籍し、2017年に現役引退を発表。8年のプロキャリアに幕を閉じる。

引退後の2018年に藤枝MYFCのフロントスタッフとして入社し、クラブ運営に携わる。2019年にはかつて5年間プレーしたブラウブリッツ秋田のアンバサダーにも就任。2023年には藤枝MYFCの副社長に就任し、クラブの経営と地域サッカーの発展に尽力している。現役時代の経験を活かしながら、静岡のサッカー文化の振興と藤枝MYFCの更なる成長を支え続けている。

CREDIT
interviewer / writer : Takahito Ando
director / editor : Yuya Karube
assistant : Hinako Murata / Makoto Kadoya / Naoko Kamada / Kenshiro Hirao
SPECIAL THANKS
株式会社静環検査センター 代表取締役 徳田茂
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