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掲載日:2025.2.19
最終更新日:2025.2.19
【後編】プロで2度の挫折。自分を掘り下げて掘り下げて辿り着いた満生充が返り咲く場所は、選手兼監督・不動産業のマルチロール
一度Jリーガーになる夢を実現させるも、怪我と厳しいプロの世界に直面して挫折。それでも大学を経由し、再びJリーガーへと返り咲いた。だが、またしてもプロの世界は厳しかった。プロで2度の挫折を味わった満生充(まんしょう みつる)は今、引退から5年間離れていたサッカーの世界に戻ってきた。その舞台はプロではなく、社会人リーグのまだ出来て間もないクラブだ。そこで選手兼監督を務める一方で、引退後にキャリアを培った不動産業も継続して続けている。選手・監督・不動産業、そして父親。彼はなぜここまでのマルチロールを担えるのか。そこには挫折や環境変化の中で自己を知り、とことん向き合い続けたからこそ見つけた信念がまっすぐに通っていた。
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INTERVIEWEE
満生充(Gogaku株式会社 COO)
interviewer / writer:Takahito Ando
「できない」ではなく「どうすればできるようになるか」に目を向ける

中編はこちらからご覧ください。

 

これまで全く縁もゆかりもなかった不動産の世界。右も左も全くわからない状態からのスタートは苦難の連続だったが、これまでのサッカー人生と3ヶ月間の徹底した自己分析がベースとなって、仕事や知識を学ぶことに貪欲であり続けられた。

 

「当然、1年目の最初は目標に到達しないのですが、『できない』のではなく、『どうやったらできるようになるか』を考え続けることができた。目標が達成されていないということは、サッカー選手で言うと試合に出場できていない、結果を出せていないということ。だったら人よりも練習しないといけない。

 

武器と課題を見出して、伸ばすところを伸ばし、ダメなところを解消する『正しい努力』をしないといけない。まず自分に何ができて、何ができないかを整理して、その上で努力をする。サッカーでは自主トレや筋トレなどで補っていたけど、社会人であってもそれは同じ。

 

同僚や上司が帰った後に時間を作って工夫しながらやり続けないといけない。このようにあくまでこれまでやってきたことの延長線上で物事を考えてやれました。

仕事中に指摘されたこと1つでも、『なぜこれを言われたのか』を考えて、自分なりの行動に変える。例えば身なりを正すこと1つに関しても、言われたからやるのではなく、『その方が見栄えが良くて、自分を信頼してもらえる一つの要素になる』と理解をした上で整えれば、表面上だけのものとは違って仕事での信頼関係の構築にプラスになる。

 

自分の成長に繋がるし、信頼をしてくれたお客さん、何より雇ってくれた社長に対して恩返しができると思って、毎日必死に働きました」

 

徐々に成果が生まれるようになり、より重要な仕事を任されるようになった。

 

「あの社長とようやく契約を結んでもらえたとか、この人と信頼関係を築いて取引をしてもらえたとか、僕が喜びや幸せを見出すのはやっぱり人に対してなんですよね。この不動産をどうにかしたいとかよりも、最初は認めてもらえなかったけど、最終的には認めて契約につながった。最初から認めてもらっていたけれど、ようやくその期待に応えることができたなど、やっぱり僕が大事なのは『人』なんです」

 

彼はこの会社に5年勤務をし、宅地建物取引士の試験にも合格した。そして、再び決断を下す時がやってくる。

 

「妻と3人の娘がいる中でこの5年間は仕事に振り切りすぎていました。家族と過ごす時間が少なかったんです。毎日必死で働くあまり、娘の寝顔しか見たことがない時期もありました。でも、今後もそれでいいのかと考えた時に、もっと家族との時間を大切にしたいなと考えるようになりました」

 

辿り着いたのは選手兼監督・不動産業のマルチロール

ちょうどその時、東京に住んでいた満生に大阪桐蔭の1期生で親友でもある山岡啓一朗から連絡が入った。

 

社会人チームの立ち上げを手伝ってくれないか

 

大阪桐蔭高には下部組織にあたるデューミラン大阪というチームがあり、既にジュニア、ジュニアユースがあったが、そこで社会人チームの立ち上げをしたいという話だった。すぐに大阪に飛び、すでに永野監督から声がかかっていた山岡、そして同じく大阪桐蔭時代を共に過ごした永瀬雄大と合流して未来について話し合った。

 

「山岡も永瀬も共に会社の社長をやっていてビジネスシーンで成功を収めている人間で、ずっと『彼らのように俺もビジネスの世界で活躍したい』と刺激を受けていた親友でした。そこでいろいろ話してみて、新たなチャレンジをしようと考えたんです」

 

山岡は外国人向けの日本語講座やライブ配信(ミコライブ・全世界3億ダウンロードを超えるライブ配信プラットフォームの日本版)などを運営するGogaku株式会社の代表取締役で、永瀬はM&Aを手がける会社を経営している。デューミラン大阪は山岡が経営するGogaku株式会社が運営をしていた。

3人で社会人チームであるデューミラン大阪を立ち上げることを決め、満生はチームの選手兼監督となり、会社を辞めて家族と共に生まれ故郷の大阪に戻ることを決めた。同時に運営母体であるGogaku株式会社に新たに不動産事業部を立ち上げ、彼はそこの責任者となってこれまで培ってきたノウハウと知識を発揮することとなった。

 

不動産業で会社を大きくすることと、デューミラン大阪を将来的にはJリーグを目指せるクラブにすること。2つの大きなゴールを目指すデュアルキャリアが幕を開けた。

 

「まさか自分がサッカーの世界にこんな形で帰ってくるとは思ってもいませんでした。でも、なぜこの決断に至ったかというと、結局は人なんです。家族のことはもちろん、永野監督と一緒にやりたかったし、尊敬する山岡と永瀬とも一緒にやりたかった。それにデューミラン大阪の社会人チームを通して、大阪桐蔭や大阪産業大学の後輩たちが交流するハブにもなると思ったんです。

 

クラブとしてJリーグ参入はもちろん目指しています。まずは1年一緒に戦って深い絆を作りたいですね。それぞれがサッカー以外に社会人として働いているので、ビジネス的な繋がりもどんどん広がっていったら楽しい。人と人が繋がっていく空間にしたいし、それが永野監督や大阪桐蔭高校、大阪産業大学への恩返しになるというのが今の僕の原動力です」

 

2021年に立ち上がったデューミラン大阪は、当初の練習は満生と山岡を含めて6人からのスタートだったが、大阪桐蔭のOBを中心として次第に人が集まるようになった。1年目は大阪府社会人リーグ3部(トップがプラチナリーグのため、実質4部)に所属し、1年で2部昇格を決めると、続く2年目は1部昇格を果たした。

「今、クラブは木曜日練習、日曜日試合のスケジュールで動いています。選手にはそれぞれの仕事があるので、そこまで定期的に集まれませんが、個々でフィジカルを鍛えたり、トレーニングを積んだりと一人一人がサッカーに向き合ってくれています。僕も東京での5年間はほぼ動いていなかったので、大阪に戻ってからは朝5時半に起きて走りに行って、子供たちが起きる時間に帰って送ってから仕事に行くことを繰り返しています」

 

今季は1部で苦戦を強いられ、プラチナリーグ昇格は叶わなかった。当然、上に行けば行くほど、険しい道になることはわかっている。

 

「ここからが本当の勝負ですね。今後はスタッフや選手の確保、スポンサーなど組織的な動きが必要になってくるので、資金面や組織整備を含めてやっていくつもりです」

アスリートは「逆算の習慣」をもっている

会社の不動産部門も軌道に乗ってきた。今、満生には共に働く部下もいる。東京で5年間みっちりと積み上げてきた知見とスキルは彼にとって大きな土台となっている。

 

そんな彼に「不動産業界が自分の天職だと思いましたか?」と聞くと、「いや、それはないですね」と即答だった。

 

「正直、不動産はそこまで好きではなくて、面白いとは思っていません。でもやり続けているのはこの自分のスキルやコミュニケーション能力をもっと伸ばしたいという成長意欲と、生活基盤としてと、自分の目標達成のための1つの手段なんです。僕は前職の社長から『仕事とは、会社とは、人間とは』をしっかりと教えてもらえた。この教えを今の会社、チームにも引き継いで、家族のために、大阪桐蔭、大阪産業大の仲間たちのために、永野監督のために、全力を尽くしたいと思っています」

 

最後にセカンドキャリアを考えている人たちに向けてメッセージをもらった。

「僕はセカンドキャリアと聞くと凄くネガティブに捉えられがちだと思っていて、現役の選手たちにとっても不安要素になってしまっている。でも、そこは完全に否定したいです。スポーツ選手は幼少期から『逆算の習慣』ができているので、ビジネスの世界に入ったときに力を発揮できると思うんです

 

例えば、予算がいくらで、何を目標にするのかが決まれば、そのアプローチを具体的に考えられる人種だと思います。目標達成のためにメールは何件送ろう、何人のお客さんに会おう、こういうことを勉強しようなど次々と手段が浮かんでくると思うんです。逆算する習慣が身に染みついているので、それさえセッティングできれば、自然と達成に向かってGOと走れる。

 

この逆算力を磨き上げられているかが大きなポイントなので、スポーツ選手はその点がアドバンテージなのかなと思います。もちろん『自分が社会に出て何ができるのかわからない』という人は多いと思いますが、サッカーで目標を定めて走り出すという作業を、業種を変えてやるだけなので、むしろビジネスにおいてスポーツ選手はアドバンテージを持っていると思っています」

 

満生の生き方はまさにこの言葉を実践し続けている。彼の人生から学ぶべきことは、自分を知ることの重要性。ただ上っ面を知るのではなく、深部まで踏み込んで自己解析をしていく。そうすることで知られざる自分の特性を把握し、それを生かせる道を選ぶ。一度高くなったアンテナは簡単には低くならない。新しい経験を積めば積むほど、知見が広がれば広がるほど、そのアンテナはさらに高くなり、感度も高くなる。そうなれば自分のステージは自ずと一段、また一段と上に上がっていく。

 

もし彼の生き様を読んで、自分の行動に反映させてくれる人が少しでもいたら、このコラムを書いた者としてこの上ない喜びだ。

満生充(まんしょう みつる)

大阪府出身の元プロサッカー選手。ポジションはFW、DF。

中学時代は京都パープルサンガ(現:京都サンガF.C.)のJrユースに所属し、大阪桐蔭高校に進学。2007年に全国大会に出場し、同高出身者で初のJリーグ選手となった。2008年に水戸ホーリーホックに入団。トップチームで7試合に出場するが、2009年3月に左第5中足骨疲労骨折を起こし全治3か月と診断される。公式戦出場なしに終わったシーズンオフに水戸を退団し、大阪産業大学でプレーすることを決める。2014年に藤枝MYFCへ入団し、2016年シーズンを最後に現役を引退した。

引退後は不動産会社への勤務を経て、2021年よりデューミラン大阪の社会人チーム立ち上げに尽力した。現在は同チームの選手権監督としてプレーを続ける傍らで、Gogaku株式会社に不動産事業部の責任者として勤務している。

CREDIT
interviewer / writer : Takahito Ando
director : Yuya Karube
editor : Takushi Yanagawa
assistant : Naoko Yamase
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