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掲載日:2026.8.13
最終更新日:2026.8.13
【NEVER OVER Stories_久保光里(女子ラグビー)】珍しいねと言われなくなるまで。前十字靭帯断裂から320日、私がグラウンドに戻れた理由―第3回
アスリートが人生を辿り、競技生活やセカンドキャリアにおける意思決定について寄稿していただくコラム「NEVER OVER Stories」。今回は、女子ラグビー選手と銀行員としてデュアルキャリアに挑む久保光里さんに寄稿していただきました。2019年3月に発足した女子ラグビーチーム「アザレア・セブン」に所属する久保光里さんは、チームのスポンサーである静岡銀行に勤めながら、仕事とラグビー選手生活とを両立させています。今回は第3回として、大怪我を乗り越えグラウンドに戻るまでの道のりと、復帰を支えた職場環境、女子ラグビーの未来への想いについて寄稿いただきました。
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writer:Hikari Kubo

第2回コラムはこちらからご覧ください。

 

2026年3月20日

前十字靭帯断裂から320日。私はグラウンドに戻った。

 

怪我をした日から今日までを思い返してみたけれど、なんだか思っていたよりあっという間だった。「辛かった、しんどかった」という感情はあんまり思い出せなかった。確かに大変だったけど、それよりもそこで出会った人たちとの思い出や、優しくしてくれた、復帰を一緒に喜んでくれた仲間がいて嬉しいという感情の方が大きかった。

 

でも、そんな復帰戦は、少し苦い思い出だった。思うように動けなかったし、仲間にはたくさん迷惑をかけたし、「自分自身の現在地」という名の現実を知って、少し落ち込んだりもした。「復帰した」というだけで、喜んでいいほど甘くはないとも痛感した。

 

けれども、私が選んだのはこの未来だった。

復帰する。またグラウンドに立つと決めた未来。

 

復帰するということはただ嬉しいことだけじゃなくて、うまくいかないことも、悔しい思いをしなければならないことも、全てを受け入れるということ。

私はそれも含めて、またラグビーをする未来を選んだ。

競技に集中できる環境

怪我をして、長いリハビリを経て思ったことは、やはり職場の理解と環境のありがたみでした。入院・手術が終わってからは、リハビリや通院などに時間を多く割きました。このような手術を伴う怪我においては、リハビリの時間がすごく重要であり、ここを怠ってしまうと、怪我した部分がうまく動かなくなってしまったり、可動域が戻らなくなってしまったりします。

 

私がグラウンドに戻ることができたのは、リハビリや通院の時間を優先させてくれて、完全復帰を果たすまでそんな環境を整えてくれた職場のおかげと言っても過言ではありません。私は非常に恵まれていると思います。ただ、全ての女子ラグビー選手、はたまた女子アスリートがそんな環境で競技ができるとは限りません。

 

私自身も大学卒業のタイミングで一度競技から離れました。その決断に至るまでには様々な理由がありましたが、まさに「怪我などの突発的な休暇が必要になった際の対応」や「仕事と競技を両立できる環境がない」というのが大きな要因でした。

 

大学時代に在籍していたチームでは、フルタイムで働きながら競技をする社会人選手もいました。その時の私は、「私も昼間は大学で勉強してるし、同じようなものかな」なんて思っていましたが、私自身が社会人になって働き始めてから、「いや、仕事してから練習なんて絶対無理だ」と思うようになりました。

 

毎月仕事でも目標数字が設定されて、それを達成するために毎日KPIを意識した行動をして、数字を作っていく。そんな学生時代とは異なるストレスを抱えながら競技にもコミットするというのは、私には到底無理だなと思いました。実際にそれを実践している選手もいるので、本当にすごいと思います。恐ろしささえ覚えます。

 

もちろん私も現在は仕事で目標を持って取り組んでいますが、それは限られた勤務時間の中で設定されたものであり、目標の達成状況だけでなく、その過程やラグビーの普及活動への参加、チームの広報活動といった競技に関わる取り組みも評価の対象となっています。

私はこのような環境を与えてもらえたからこそ、競技復帰を決断できました。

 

多くの企業にアスリートの価値を理解してもらう、アスリートを雇用する環境を整えてもらうことで、女子ラグビーの可能性は広がっていくと思います。一方で、アスリートの価値を

自分自身で伝えていく能力も、アスリートには必要だと思います。

「なぜ」を追求し、深掘る

なんの制限もなく練習に参加するようになってから、仕事中に「あれ、こんなにきつかったっけな、、、」と思うことが増えました。怪我をしてからは、できることが限られていた時間が長く、体力はあり余っていたので、それに慣れてしまっていました。「練習と仕事を両立する」という当たり前にやっていたことは、実はとてもタフですごいことだったんだと気付きました。

 

体力という点においては、仕事もラグビーも一から鍛え直しです!

 

体力は一から鍛え直しでも、仕事を通じて「なぜ」と突き詰めるスキル、「言葉の本質」というものを考えるようになり、それがラグビーにおいても活きています。

 

学生時代までは、何か指導者に役割を任されたり助言をされても、ただその言葉を鵜呑みにして行動したり、「なんで私にそんなこと言うのだろう」「自信がない」とモヤモヤしても放置しながら行動していました。今思うと、その言葉の本当の意味を深く考えずに、言葉を平面で捉えていました。

 

しかし、社会人になりお客様対応や上司とのミーティングなどを通じて、言葉一つ一つに対して「なぜ」を考えるようになりました。そして、モヤモヤを感じた時にすぐに質問をして、深くまで理解できるようにコミュニケーションを取りました。すると、私の中で得意だと思っていたことよりも、実は他のスキルが評価されていたことに気付けたり、「なぜ」を追求することでその言葉の裏側、はたまた本当の課題に気付けたりしました。言葉を立体的に捉えるスキルが身についたのだと思います。

 

 

このスキルを身につけてからは、ラグビーにおいても、実はチームの課題だと思っていたことが根本的には異なる課題であったり、ヘッドコーチの言葉に対して、「なぜ私にこの言葉をかけてくれたのだろう」と考えることで、求められている役割を考えられるようになり、行動がクリアになりました。

 

体力やスピードなど、身体的なアスリート力は学生時代の方が上かもしれません。しかし、経験値や物事の本質を理解できるスキルを身につけ、行動できるようになった社会人になってからの方が、きっといい選手になれているのだろうと感じています。

女子ラグビーのこれから

2016年の夏季オリンピックでの正式種目採用をきっかけに、女子ラグビーのユース世代からの強化が始まり、そこから他競技からの転向なども含め、徐々に競技人口は増えていきました。

 

同じく2016年に国民スポーツ大会(当時は国民体育大会)にて女子7人制ラグビーが正式採用されてからは、各都道府県において競技の普及・育成が行われ、国民スポーツ大会をきっかけとしたチーム発足事例もあります。私の所属するアザレア・セブン(運営母体「一般社団法人アザレア・スポーツクラブ」)も、ラグビーワールドカップ2019日本大会の開催を機に設立された、女性と子どもに特化した総合型地域スポーツクラブです。

日本の各地で女の子だけでラグビーができる環境が増えているし、女子ラグビー部のある高校や大学もどんどん増えています。この約10年で女子ラグビーを取り巻く環境は大きく変わりました。昨年開催された『HSBC SVNS 2026』(7人制ラグビーの世界最高峰チームが集まるワールドシリーズ)の第1戦、ドバイ大会において、 女子日本代表は3位に輝きました。これは、男女含め日本ラグビー界における最高順位です。また、日本ラグビー協会は女子ラグビーワールドカップ(15人制)において、最短で2037年の日本招致・開催を目指す中長期戦略を掲げています。

 

日本ではマイナースポーツだったラグビーが、以前よりメジャーなスポーツになった要因として、やはりラグビーワールドカップ2019日本大会の開催の影響が大きいと考えています。同じように女子のワールドカップも日本で開催することができれば、今以上に普及・育成・強化・そして認知が広まっていくことでしょう。

 

女子ラグビーはまさに右肩上がりの発展途上。これからのスポーツだと思います。

珍しい存在ではなくなること

「女性でラグビーなんて珍しいね」と本当にたくさん言われてきました。「危なくないの?」「怖そう」そんなこともたくさん言われてきましたが、それは私にとって嫌なことではありませんでした。

 

珍しい存在だと思ってもらえることで、初対面でもすぐに自分を覚えてもらえる。その希少性をポジティブにフル活用させてもらって、自分自身のアイデンティティとして生きてきました。でも、それが「へえ、そうなんだ」で終わることが、将来あるべき姿なのかもしれません。

 

女子ラグビーを選ぶことが、ハードルの低く珍しくない選択になること。

 

「男臭いスポーツ」とか「危ないスポーツ」という印象から、「社会で活躍できる人間を育てるスポーツ」「次世代の女性リーダーを育てる土壌」となることが私の願いであり、全ての女子ラグビー選手が願うことだと信じています。

21年前。

 

「足が速くなりたい」という理由一つで始めたラグビーでしたが、速く走る方法だけではなく、本当に色々なことをラグビーから学びました。ラグビーが嫌いになったことも、試合に出ることが怖くなったことも、競技を続ける意味を見出せなくなった瞬間もありました。自分自身を苦しめる要因になったこともありました。

 

それでも、私はやっぱりラグビーと出会えて本当に良かった。

 

苦しんだ以上に、困難に立ち向かう方法を学びました。仲間に頼ることも学びました。

喜んで、笑って、仲間と気持ちを分かち合う瞬間が本当に幸せでした。「ラグビーと出会えて良かった」と思う女の子を増やすために、私はこれからも文章を書き、言葉を紡いでいこうと思います。

久保光里(くぼ ひかり)

1998年、神奈川県綾瀬市生まれ。小学1年生でラグビーを始め、藤沢ラグビースクールに所属。佐野日大高校を経て、慶應義塾大学総合政策学部に入学。クラブチームでラグビーを続ける。卒業とともにラグビー引退を決めるが、2022年11月より「アザレア・セブン」に入団し選手生活を再開。2023年2月より静岡銀行に入行し、ラグビーと仕事のデュアルライフを送る。

CREDIT
director / editor : Yuya Karube
assistant : Hinako Murata / Makoto Kadoya / Kenshiro Hirao
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