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掲載日:2023.10.12
最終更新日:2023.10.17
【後編】“育成の水戸”ホーリーホックは競技力だけを扱わない。アスリートがウェルビーイングを目指すべき理由とMake Value Projectの全容
水戸ホーリーホックを8年かけて「育成の水戸」と呼ばれるまでに引き上げることに尽力したゼネラルマネージャーである西村卓朗氏。選手として浦和レッズ、大宮アルディージャ、その後アメリカに渡り2011年に北海道コンサドーレ札幌で現役を引退したあと、2019年に水戸ホーリーホックでGMに就任。選手としては決して順風満帆ではなかった。だが、人一倍勉強熱心で、学ぶことと変化をすることを恐れない姿勢が、1人のサッカービジネスマンとして大きく成長し、自身の経験と自分が思い描くビジョンをもとにクラブ強化だけではなく、アスリートの意識改革、社会人としての育成も2軸として同時に行っていく。彼の発する言葉、そして彼の人生にはキャリアを進めていく上での多くの学びとヒント、これからのスポーツ界・アスリートのあるべき姿があった。
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INTERVIEWEE
西村卓朗(水戸ホーリーホックGM)
interviewer / writer : Takahito Ando
Make Value Projectの成果、選手たちの声は

中編はこちらからご覧ください。

 

自ら価値を作り出す。『Make Value Project』を通じて、選手たちの変化はどうだったのか。それを問うと西村氏はこう答えた。

 

「サッカー選手としてはヘッドが強い、足が速い、キックが上手いなど自分の特徴を理解している選手は、どんどん行動が変わっていきました。理由はサッカーを通じて自己分析ができているからこそ、新たな別の自己分析の機会が来ても吸収することに慣れていた。

 

例えばDF村田航一は明治大学在学時に就職活動をし、大手の保険代理店に内定をもらっている選手だったので、飲み込みは物凄く早かった。GK中山開帆は今、チームにおいて自分がどういう存在で、何を得意としているか理解しているので、リーダーシップや率先して物事に対して動くようになった。

 

移籍していった選手であれば、森勇人や黒川淳史は人間性、思考力を含めてサッカー選手を辞めてからも十分に社会で通用する人間になっています」

 

実際に名前の挙がった選手は筆者が高校時代からよく知っている選手だが、彼らの人間性は間違いなく高い。礼儀正しく、自分の意見をはっきりと言葉にして、かつ率先して行動することが出来る。

 

彼らだけではなく、水戸を経由して世界に羽ばたいて行ったFW前田大然(セルティック)、FW小川航基(NECナイメヘン)、MF伊藤涼太郎(シントトロイデン)もまた、『Make Value Project』を受けて、プロサッカー選手という狭いフィールドばかりを見ていた自分に気づき、価値観を広げて行った。

 

それは実際に水戸でのブレイクにつながっている。前田は高卒プロ2年目に在籍し、キャリアハイ(2021年の横浜Fマリノス在籍時と同じ)リーグ36試合に出場をし、13ゴールをマーク。小川は高卒プロ4年目の途中で水戸にやってくると、半シーズンでこれまでのキャリアハイとなるリーグ7ゴールをマークし、シーズン終了後にジュビロ磐田に復帰をして、一気にステップアップを果たして行った。

 

伊藤は高卒プロ2年目の途中からの1シーズン半、2021年の途中からの半シーズンを水戸でプレーした。1度目は浦和で出番が掴めない状況で育成型移籍をし、2018年シーズンにはキャリアハイとなるリーグ34試合出場、9ゴールをマークし大ブレイク。

 

翌年に大分トリニータでの1シーズンを経て、浦和に復帰をするも、両クラブではほぼ出番をつかめずに、2度目の移籍。すると水戸の半シーズンでリーグ20試合出場、4ゴールと再ブレイク。翌年にアルビレックス新潟に完全移籍をすると、J2優勝の立役者となって海を渡った。

ウェルビーイングはセカンドキャリアのためだけではない

「ホーリーホックを経由して世界に旅立っていった選手、そしてJ1にステップアップして行った選手、そして今チームの中心として活躍してくれている選手を見ると、やはり自分たちのアプローチは間違っていないのだと確信しました。

 

どうしても現役中の選手は『今はサッカーだけに集中したい』と言う選手が多い。もちろん、今に集中しなければいけないアスリートにとって、先のことばかり考えることは、真面目な選手であればあるほど罪悪感を覚えます。

 

自分が望むものを手に入れるために『退路を断つ』という美学と、『今しかない』という緊張感、緊迫感を持っている方が、その瞬間に力を発揮できるような気がするので、そういう強迫観念は何処かにはあると思います。

 

それはそれで間違っていないし、プロとしては正しい。でも、セカンドキャリアへの準備の仕方を何と捉えるかによって、大きく変わってくると思うのです。どうしてもセカンドキャリアの準備イコール、いろんな人との人脈を築くことだったり、資格を取る勉強だったりとそういうところを考えてしまいがち。

 

もちろんそれは重要なことだけど、それが全てではない。「自分は何者なのか」を考えることはプレーの支障になることはないし、プレーがだめな時の言い訳にもなりません。正しい準備の仕方を現役のうちに教えることは重要

 

ここで学んだことは、サッカーにおける自分らしさの発見、プレースタイルの構築、チームの中における自分の立ち位置の発見にもつながっていくので、ウェルビーイングは何もセカンドキャリアのためにやるのではなく、今の自分の競技力を高めるためにも必要なのだと言うマインドセットが大事だと選手たちが証明をしてくれています」

西村氏に問う、自分自身のウェルビーイング

進化する現役選手のセカンドキャリアへの向き合い方と思考。では、積極的な施策で選手たちにアプローチをしている西村氏の今のアイデンティティとは何かを聞いた。

 

価値を創造する仕事。勝利の中に価値を入れる、価値の中に勝利を入れる。僕のアイデンティティにつながるウェルビーイングを構築するための自分の特性は『平凡な努力型の人間』だと思っています。サッカー選手としても先天的に何かを持っていたわけではなく、ほぼ後天的にいろいろなことを身につけていかないといけない人。

 

高卒でプロにいけなかったし、大学も浪人して入学した。人より努力をしないといけない人間だと感じれば感じるほど、サッカー選手という特殊性、希少性を理解してもっと大事に時間を使わないといけないと思っていた。でも、実際は有効活用できたかと言われるとそうではない部分があった。セカンドキャリアでは現役の時に感じたこと、できなかったことをやっていく。

 

『やればできる』、『希望を持つ』ことは大事で、僕の人生の中で大事にしている言葉。一部の才能がある人だけができる世界観ではなく、壁に当たるたびに立ち返ることができる『自分とは何者か』という概念を持っていれば、積み重ねてきた平凡な努力型の人間でもできる世界観。これが僕のアイデンティティにつながっています」

 

天性のものだけではない、経験と思考によって得られる財産。最後に西村氏は今、水戸というクラブで一緒に戦っている選手へこうメッセージを送った。

 

「幸せであること。それは周りから見て幸せだなと思うのではなく、自分自身が感じられているかどうか。相対的ではなく絶対的に自分が幸せだと思う人生を送ってもらいたいです。

 

だからこそ、自分という人間をきちんと捉えて、生き生きとするところに向かって行って欲しい。アスリートとしてのキャリアが終わっても、人生の後編となるこれからの人生を有意義なものにするために、今を大事に過ごして欲しいと思います」

 

今回、西村氏へのインタビューを通して感じたのは、アスリートというものの本質をもう一度考え直す重要な機会であった、ということだった。

 

専門性が高く、プロとなれば生き甲斐だけではなく、職業となり、かつ唯一無二の自分となる。ストイックに打ち込めば打ち込むほど、それは自分自身の中でより巨大化していき、それが失われた瞬間の反動に一気に飲み込まれる。そうならないために現役中に何をすべきか。ここで改めて西村氏の言葉を借りたい。

 

「アスリートがいるのは、スポーツの世界という1つの社会だと思っています。つまりアスリートにとって社会は競技そのものだった。だからこそ、引退後に半ば強制的に外に出なくてはいけなくなり、社会の中に放り出された時に『社会のルールってなんだ?』と迷ってしまう。

 

いきなりは順応できない、そもそも「知らないことすらわからない」こと自体が不安の種になってしまうのです。だからこそ、アスリートのうちから自己認知をしておかないといけないのです。自己認知は方位磁針そのもので、未知のところに踏み込んだときの人生の羅針盤になる。

 

本来の自分と全然違う方向に進んでも苦しむだけ。自分を理解して自分らしい方向に自分の足で進まないといけない。つまり『周りがやっているから』『誘われたから』では厳しい。現役中からいろいろな人と交流をしていれば多少のネットワークができるし、ある程度セカンドキャリアに生きることはありますが、ウェルビーイングを怠るとやはり自分を見失う。両方セットでやらないといけないのです」

 

最後に当サイト『NEVEROVER』が果たすべき役割について聞いてみた。その答えをメッセージとしてこのコラムを締めたい。

 

「NEVEROVERは『決して終わらない』という日本語訳ですよね。決して終わらないという言葉に隠されているのは、先ほどの現役の時にはよくて、現役後はちょっと辛いという文脈から来ていると思います。

 

現役時代は自分の一番好きな競技に没頭し、かつ長くやっていたのだから、この期間で味わった高揚感、満足感を、現役を辞めた後でも得たい、濁らせたくないという意志が込められているんじゃないかと。じゃあ、そうなりたいのであれば尚更ウェルビーイングが大事で、それを現役時代からいかにできるかが大事です。

 

自分がどんな価値観を持っているのか、どんな使命感を持っているのかを把握できていれば、引退後も同じ熱量で向かっていける。それが『決して終わらない道』につながると思います。我々水戸ホーリーホックも今やっている施策の精度をもっと高めて、マインドセットされた選手達が引退後にどう躍動するかが楽しみですし、これからのアスリートのロールモデルになってくれることを信じています。

 

何も海外に行った、ワールドカップに出たことが全てではなくて、人としての貢献だったり、違う世界で貢献したりすることが勝ちでありアスリートの価値なのです。ホーリーホックはJクラブという名の人材バンクのようになっていけたらいいと思っています」

西村卓朗(にしむら たくろう)

東京都新宿区出身の元プロサッカー選手。ポジションはDF。
大学卒業後に浦和レッドダイヤモンズへ入団。その後は大宮アルディージャ、USL1部リーグのポートランド・ティンバーズへの移籍を経験した。2009年に帰国し、湘南ベルマーレフットサルクラブへ加入。以降はフットサル選手として活躍する。
2010年にはUSSFディビジョン2プロフェッショナルリーグのクリスタルパレス・ボルチモアへの移籍が発表され、2011年にコンサドーレ札幌に加入。同年に引退を発表した。
引退後は浦和のスクールコーチや関東サッカーリーグのVONDS市原FCのゼネラルマネージャー兼監督、水戸ホーリーホックの強化部長を歴任。現在は水戸ホーリーホックでゼネラルマネージャーを務めている。

CREDIT
interviewer / writer : Takahito Ando
editor : Takushi Yanagawa
director : Yuya Karube
assistant : Naoko Yamase / Yuta Tonegawa
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