前編はこちらからご覧ください。

練習に参加をした平は２ヶ月間サッカーから遠ざかっていたが、牛の世話などで体力を使う仕事をしていたこともあって、好アピールを見せることができた。そして、開幕前に福島に加入することが決まった。

キャンプから好調を維持し、J3リーグ開幕戦にスタメンとしてピッチに立った。

「あの90分間はもう一生忘れられない景色になりました。正直、プロに入って初めて『サッカーって楽しい』と思えたんです」

この試合をきっかけに思考と行動は劇的に変わった。これまでミスを恐れてプレーしたが、練習参加の時から「ミスしても問題ない。失うものは何もない、と思えた」と積極的なプレーをしたことで、こうしてチャンスをもらい、ずっと忘れていたプレーする喜びを思い出させてくれた。

自分から率先して行動していかないと何も起こらない、プラスにならないことを改めて思い知らされた。

「サッカー選手としての寿命を伸ばしてもらったわけじゃないですか。本当に自分でやらないとサッカーだけではなく、人間としてもこの先ないぞと心から思いました。そこから練習も常に自発的に動くようになったし、サッカー外の生活もただダラダラと時間を浪費していたこれまでから、サッカーのために、自分の成長のために逆算して行動するようになったんです」

食事などのケアに加え、スポンサー企業などのクラブを支えてくれる人たちとの交流も積極的に行うようになった。この行動変化はメンタル面の成長だけではなく、生きていくために必要なものだった。

「もともと人とそこまで話せる人間ではなかったのですが、福島は選手とスポンサーの距離が近いし、月にもらえるサラリーを考えると、とてもじゃないけどサッカーだけでは生活ができない状態でした。なのでバイトとしてサッカースクールを手伝ったりするのですが、そこで子供たちだけではなく、保護者の人たちや、スタッフの人たちと話すようになったんです。ただ雑談をするのではなく、相手の気持ちや考えを察したり、そのうえで自分の考えを伝えないといけない。それまでは受け身だったコミュニケーションが一気に変わりました」

高校卒業したばかりの人間が急に周りがJリーガーとして自分を見るようになり、チヤホヤしてくれた。自分が会話を合わせなくても、周りが気を使ってくれた。そこに甘えていたことにもその時気づいたという。

「全てにおいて甘えていたなと思いました。スポンサー企業の人たちとの会話も相手の業種のことを考えるなど、相手を知ろうと思うようになったことで、一気に世界が広がりました。自分が知らなかったり、考えもしていなかった話を聞くことができるので、話せば話すほど発見があって学びが増えました。浮ついた話ではなく、本当にためになる話ばかりでいつしか選手以外の人たちとご飯に行くのが楽しくなった。福島で初めて社会人としてのマナーやコミュニケーション能力を鍛えることができたんです」

7月までJ3リーグ15試合に出場。うちスタメンは14試合でプロ初ゴールを含む3ゴールをマークするなど主軸になったが、7月20日の練習中に右膝外側半月板損傷という大怪我を負い、シーズン絶望となってしまった。２年目は怪我の影響もあり、コンスタントに出番を掴みきれなかった。結果だけ見れば、福島でも苦しい時間を過ごしたかのように映るが、この2シーズンでかけがえのない価値と財産が築かれていた。

「２年目の自分のパフォーマンスや自分の収入を鑑みた時に、24歳って世間では若く見られがちで、まだやれるんじゃないかと思われますが、大卒で言えばもう社会人２、３年目。早く見切りをつけて社会に飛び出さないと、このままズルズルといってしまうように思ったんです。判断を遅らせれば遅らせるほど、サッカーだけしかやってこなかった自分がセカンドキャリアに乗り遅れるというか、その後の人生で挽回できなくなるんじゃないかと思ったんです。高卒プロになった時、トライアウトを受けた時の自分とはわけが違うとも思ったので、2018シーズンが終わる３ヶ月前に『僕は今年で引退します』と強化部に言いました。仮にそれを言っていなくても満了だったとは思いますが、自分で引き際は決断したかったので、スパッとやめることにしました」

区切りはついた。あとは残りの３ヶ月をプロサッカー選手としてやり切って、セカンドキャリアに移行をする。彼はシーズンが終わったら鹿児島の実家に戻って、再び家業を手伝うことを決めていた。

「コーチなどサッカー関連の仕事をする未来を思い描けなかったし、それだとこれまで思い描いていたが叶わなかった人生の延長戦になってしまうと思いました。福島に残って、これまでお世話になった人の会社に就職する道もありましたが、それだと誰かに指示されて、その下で働くことになります。もちろん、それはそれで学べることも多いかもしれませんが、自発的に動けるかと言ったらそうじゃない。せっかくこの2年間で自発的に動くことの楽しさや素晴らしさ、成長を実感できたのに、また受動的になるのはもったいないと思ったんです。幸い、僕には家業を継ぐという選択肢があったし、牛の世話をした経験もあったので、次は畜産の世界で成功を収められる人間になろうと思ったんです」

引退後、彼は再び作業着に着替えて牛の世話を始めた。「そこにはプロ生活で少しだけ抱いてしまっていた『どうせ実家を継げばいいや』という軽い気持ちは一切なかった」と口にしたように、将来の自分を切り開いていくために真剣に牛と向き合った。

「僕がサッカーを続けている間、ずっとお爺ちゃんがスパイクなどを買ってくれていたんです。その恩返しの気持ちもあったので、きちんと仕事をしながら、今後のことを考える毎日でした」

ただ言われていたことをやっていたあの２ヶ月とは全く違う。覚悟を決めた人間の行動には迷いが一切なかった。オートマティック車限定の免許だったため、ミッションの免許にし、さらに牽引免許、大型特殊免許、準中型免許を取得し、牛だけではなく、その牛の餌となる良質の藁を作るための稲作もこれまで通り継続かつ発展ができるようにした。

そして、下積みを重ねた２年後の2021年、『株式会社ひらふぁーむ』を立ち上げ、法人化して事業拡大をしていく決断を下した。

後編はこちらからご覧ください。

平秀斗（ひら しゅうと）

鹿児島県出身の元プロサッカー選手。ポジションはFW、DF。

小学1年からサッカーを始め、高校1年時にはU-17日本代表にも選ばれた。3年時の全国総体では3試合で2ゴールを決めるなどの活躍を見せ、大会の優秀選手に選出された。

2013年シーズンからサガン鳥栖へ加入。その後は移籍によってザスパクサツ群馬、福島ユナイテッドFCでプレーし、2018年をもって現役を引退した。

引退後は実家の家業を継ぎ、鹿児島県内で畜産業を営んでいる。