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最近の1年間で、筆者はキャリアコンサルタントとして100名を超えるアスリートと接点を持ってきた。そこで明らかになったのはアスリートが皆「セカンドキャリア」について課題や不安を感じているということだ。
そもそも「セカンドキャリア」という言葉が使われているのは、日本だけである。本来、「キャリア」とは人生における一連の繋がりとして、生涯に渡って捉えられるものであり、途切れるものではない。例え競技者としての生活が終わろうとも、その人の「キャリア」そのものがそこで終了するわけではないのだ。
しかし、多くが違う職種に挑むことになるアスリートにとって、このように「キャリアは一つに繋がっている」という認識を持つのは簡単なことではないのだ。セカンドキャリア問題が取り沙汰されている今、アスリートが競技内外を問わず、自分の社会的価値を認識し次の道に踏み出せるようにしていかなければいけない。そのためにはスポーツ業界のスタンダードもアップデートしていく必要がある。
アスリートが次の道へ踏み出すことを「キャリアトランジション」という。この記事では「キャリアトランジション」を迎えたアスリートが直面することになる課題と、それに対する向き合い方を示していきたい。そこから、アスリートへのキャリアサポートの有用性について考えていく。
キャリアトランジションには大きく分けて3つのフェーズがある。それは、①引退の喪失感を乗り越えるためのフェーズ、②自分を再定義するためのフェーズ、③軌道修正をしながら新たなステップを歩み出すフェーズである。
現在までに私がサポートしてきた選手たちは、②〜③のフェーズにいる場合が多い。そのため、アスリート自身の価値観や「やりたいこと」を抽象と具体を繰り返して整理しつつ、具体的な職業選択についてアドバイスする場合がほとんどである。
ただ、競技引退の喪失感と次に進まなければいけない焦燥感との間で起こる葛藤は必ずあり、その感情とうまく付き合わなければ、理想的なキャリアへ進める可能性は下がってしまうし、活躍が続かないような事態になってしまう。
ここからは、アスリートから受けた相談に対して実際に行ったアドバイスを一例として紹介する。アドバイス内容については、数々のアスリートへの取材・調査に加え、人材紹介業として7年間にわたり様々な業界をサポートしてきた筆者の経験に基づいている。
ただし、選手個人の持つパーソナリティやキャリアに対する考え方は多種多様であり、バックグラインドによって状況が大きく異なることに常に注意をはらってきた。この記事でパーソナライズした内容を一つひとつ説明するのは非現実的である。したがって、これから紹介することは一般的な内容になるが、キャリアトランジションに向かうアスリートにとって少しでもヒントになって欲しい。
競技を引退した、もしくは引退を決めたアスリートは、「自分は競技しかやってこなかった。競技以外に情熱を注ぐことのできる仕事はあるのだろうか」「『楽しい』と思える仕事はあるのか」という点で悩む場合が多い。
このような悩みは実際に私もたくさん打ち明けてもらった。アスリートにとっての競技とは、幼少期から多くの時間を費やし、生活の一部となっているものである。「競技以上に情熱を注げる仕事が見つかるだろう」というアドバイスは軽率にできるものではなかった。
一方で、競技以外に費やす時間が多くなかったからこそ未知の世界も広い。そのことにアスリート自身が気づけていないことも多い。次のキャリアで活躍しているアスリートのインタビューでも「世の中にはおもしろい仕事があると引退してから気づいた」「やっていくうちにおもしろくなってきて、仕事にのめり込んでいく」という嬉しい話をよく聞く。
食わず嫌いをするのではなく、ちょっとかじってみることで、次の「天職」のヒントが見つかる。
「アスリートだから営業職や仕事が向いているのではないか」と一括りに言われてしまうことがある。しかし、本当にそうなのだろうか?「あなた」に向いているのは営業という職種だろうか。世の中には多くの業界や会社、仕事がある。現役の時から魅せ方にこだわり続けた「あなた」はPRやデザイナーにワクワクし適性がある可能性もある。変化の激しい社会の中で職業を全て網羅することはできないし、アスリートの適性を一括りにすることもできない。
選択する人が多い進路から外れた道を選ぶことで、他の人にはないユニークな経験を積み重ね希少価値をあげられることもある。
「競技以外の道は自分には難しい」という固定概念では、選択肢の幅を狭めてしまうことになりかねない。より自分にフィットしたキャリアを掴み取るためには、興味がある分野について自身でリサーチを行うだけでなく、身近な人に仕事の話を聞くことはもちろん、アスリートキャリアのプロフェッショナルに相談し、客観的で多角的なアドバイスを取り入れていくことが重要である。
企業への就業体験を持たない選手は、「仕事なんてやったことがないから、会社員として働ける自信がない」ということが多い。経験がないのだから不安に思う気持ちはよく理解できるが、新卒として入社する社員ならば、この不安は誰もが通る道でもある。
確かに20代後半〜30代まで現役として競技に取り組んできた選手からすると、同世代の会社員たちからは数年の遅れをとっているとも捉えられる。だが、この劣等感を選手時代を思い出して払拭することもできる。
実は、競技生活の中でアスリートがビジネスに近い経験をしていることもある。スポンサー企業への挨拶周りは一般企業における営業活動と重なる部分があるし、SNSでの発信は広報やマーケティング、ブランディングの仕事でもある。
LINEなどのコミュニケーションツールを使用してトレーニングやケア、取材の日程調整をした経験は、ビジネスメールでのアポイント設定などに類似するものであるともいえる、もちろんビジネスマナーなどの「基礎部分」は新たに学ぶ必要があるが、これまでも競技生活の中で他者と関係を築き上げてきた経験はビジネスにも近しいものもあるだろう。
このように考えていくと、アスリートとして真摯に向かってきたチーム活動はビジネスに通ずるものが多いことがわかる。関係者へのリスペクトを持ち、チームの利益を考えて活動してきた選手ほど新たな環境への順応も早いはずだ。
先にも述べたが、「競技以外の道は自分には難しい」という固定観念から脱却することが、キャリアトランジションの次なるフェーズへ進むための第一歩なのである。
マインドセットの課題を乗り越え進む方向性が見えてくれば、いよいよ「就職活動」が始まる。目指す先が指導者などといった「選手の延長線上にある仕事」ではない場合、まずは「なぜ競技から離れるのか」という点を説明するときもある。
これがアスリートの就職活動で重要なポイントとなるのが「ストーリー」と「翻訳」だ。
「ストーリー」はなぜ自分が競技から離れ、その仕事を志望し、将来どうなっていきたいのかという「キャリアの流れ」を相手にわかりやすく伝えるために必要となる。就活用語では「転職理由」「志望動機」「将来のビジョン」などと言われるが、こうした質問は必ずと言っていいほどされるものであり、これに対する回答に筋道が通っていないと説得力に欠けてしまう。
競技を離れるということは、他業種への「脈絡のない行動」と見えてしまう可能性もある。そうならないためにも内省を重ね、自分の中で「これまでとこれからのキャリアの流れ」を繋げられるようになることが大切だ。
大概的にも必要な「ストーリー」だが、明確にすることは自身にとってもいい影響をもたらす。自分の中で「これまでのキャリア」と「将来のビジョン」の輪郭が鮮明であるほど、今後とるべき行動が具体的になっていく。
例えば、競技を続けてきた理由の一つ(これまでのキャリア)が「地域の人に笑顔を与えるため」であり、今後やりたいこと(将来のビジョン)は「地域の人を笑顔と元気にするべく働きたい」だった場合、進路の選択肢として「そのエリアの開発をする不動産会社に就職する」あるいは「メディアを通じて地域の発展に貢献する」というものが浮かび上がる。
自分が競技をしてきた理由や目指していたものを一度抽象化し、そのビジョンを達成するための他の手段を、これまでの競技を置き換えられると良いだろう。
ストーリーと並んで重要なのが「翻訳」だ。
競技者として得てきた人間的なスキルを、仕事面でも活かせるように「翻訳」しなければならない。「翻訳」とは、経験を抽象化し、強みをビジネスの一般的な言語に落とし込むことだ。
例えば、「監督の考える戦略を実行できる選手」はビジネスでは、「会社の目標や戦略から逆算して自律的に動ける」と翻訳される。「周りを動かし勝利に導ける選手」はビジネスでは「マネジメントをしチームのパフォーマンスを高める動きができる」に翻訳できる。汗をかける選手は、仕事でも圧倒的な行動量が強みになるだろう。
ビジネスの世界では自身の考えを言語化し、それを言葉やテキスト・図示化して他者に伝えることがより一層求められる。競技外の人に対して「自身の競技経験や取り組みのプロセス、強みをわかりやすく言語化すること」は新たな環境で円滑なコミュニケーションを図るためにも必要である。
「翻訳」のポイントとしては、競技の成果や結果より、そこに至るまでのプロセスや自分らしさから「自身の強み」を抽出することである。また、抽出した「強み」を自分ならではの「一言」にまとめることで、わかりやすく他者に伝えることもできるようになる。
抽出した「強み」をどのように活かすかは、筆者のようなサポート側から示すことが効果的な場合もある。「この強みはこの仕事でこう使えそうだ」という具体例や仮説を提示し、インターンなどの企業接点の場で「強みが活きる」ことを体感してもらう。そして振り返りを行いながら、アスリート自身が納得できる方向性を探ることが大切である。
こうして練り上げられたものが、就活の場面では「強み」「自己PR」として輝くことになるだろう。
「ストーリー」と「翻訳」は、どちらが先でも構わない。並行して競技での経験を抽象化しながら、相互に行き来しつつ整理していく必要がある。
上記のようなステップを経ることで、キャリアトランジションを成功させる可能性が高まるだろう。ただ、自分一人でキャリアトランジションを成功させることは容易ではなく、身近な家族や友人に相談することや、専門のキャリアアドバイザーのサポートを受けることも大切だ。
自分の強みを活かし、キャリアのストーリーを繋げていくためにも、自分をよく理解してくれる人や、経験豊富なサポーターは必要不可欠である。Ath-upでも取得しているが、アスリートのキャリアサポート資格(ACC)を保有している人材も増えているので、そうした資格保有者に相談することも一つの手段だろう。
アスリートのキャリアサポートには様々な意味がある。
アスリート視点から言えば、精神的・金銭的に難しい状況に陥る前の段階で手助けを得ることができる。社会的な視点に立てば、アスリートのような知力・体力を併せ持つ若い人材が活躍していくことは社会にとって大きなパワーになる。「労働人口の減少」という問題に直面する日本において、それは尚更だろう。
アスリート人材がリーダーシップを発揮し、企業の中核になっていくことを期待している経営者も多い。またアスリートが社会的に活躍することで、スポーツの価値向上にも繋がる可能性がある。引退後のキャリアの可能性が広がれば、子どもたちがスポーツに取り組むことがより保護者に好意的になるし、アスリート人材と接点を持った人々がスポーツを応援してくれるケースも増えるかもしれない。
アスリートへのキャリアサポートはこのように、アスリート、社会、スポーツ界にとってポジティブな影響をもたらす。Ath-upチームでは、静岡を中心にキャリアサポートを実施し、アスリートと社会が相互に好影響を与えられる世界観を実現していきたい。
山本大輔(やまもと だいすけ)
静岡県出身。筑波大学体育専門学群卒。
大学時代は体育会蹴球部に所属。風間八宏氏のサッカースクール等でサッカー指導者を経験。
2015年に大手人材紹介会社JAC Recruitmentに入社。2018年、スポーツ人材領域のスタートアップ企業であるAscendersに転職。スポーツ業界向けの転職支援、Jリーグクラブとの連携事業、スポーツ専門職の育成事業などに携わった後、アスリートのトータルサポート事業を立ち上げ、責任者を務める。
2022年よりフジ物産に入社。アスリートのキャリアサポート事業「Ath-up」の立ち上げに参画する。