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掲載日:2023.3.1
最終更新日:2023.3.3
今の忍耐の先に得るもの。ミスターエスパルスが語るアスリートの「活躍できる」特別な人間力
現在、清水エスパルスユースで監督として選手育成に臨む澤登正朗さん。今日に至るまでに清水エスパルスで司令塔として活躍し、引退後は解説者、大学サッカーの指導者とキャリアを重ねてきました。 澤登さんといえば、デビュー以来14年間のプロ選手生活を清水エスパルス一筋で貫いた「ミスターエスパルス」。Jリーグの初代新人王、ベストイレブン、日本年間最優秀選手賞を受賞するなど、「背番号10」としてファンに愛されました。 引退後は指導者の他に、日本全国で主催するサッカースクール、イベントで講師等を行う傍ら、ハワイ州サッカー親善大使に就任し現地でサッカースクールを開催するなど、国内外で次世代のサッカー選手育成に努めています。 澤登さんはセカンドキャリアについてご自身の経験から、「次はどうしようかと現役の時から考えるべき」だと言います。
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INTERVIEWEE
澤登正明(清水エスパルスユース監督)
interviewer: Isako Yamazaki
writer : Rieko Narita
思った以上に簡単ではなかったメディアの仕事

―どのような経緯で引退を決意されたのでしょうか。

 

1993年にプロデビューしてから14年間をサッカー選手として生きてきましたが、2003年頃から「あと2年で選手としての生活を終えよう」と決めていました。

 

引退を決意したとき、フィジカルトレーニングでは若い選手に負けていなかったので、まだ現役を続けられる自信はありました。まわりからも当然「まだやれる」という声が聞こえてきましたし、娘たちは「やめちゃうの?」と泣いてくれました。それでも引退を決心したのは、自分のプレーの質に納得できなくなったからです。

 

当時の僕は「100%でプレーできない状態ならプロの舞台から引くべきだ」と考えていました。

 

こうして引退を決意したものの、この次に自分が何をするのかは定まっていませんでした。引退前からメディアに出演もしていたので「引退後はメディアの仕事で何とかなるだろう」くらいに考えて、妻ともそう話していました。た、引退前から準備を続けていたこともあります。

 

今だからこそ言えることかもしれませんが、現役でバリバリやっているときに「次はどうしよう」と考えておくべきだと思います。

 

「最終的に自分がどうなりたいか」は本人が決めるべきです。ですが、まずはぼんやりしたものでいいし、何が適しているのかも明確でなくていい。こういったことを考えることが、次のステップへ進むための最初の材料になるんです。

 

私の場合は、「JFA公認S級コーチライセンス取得」という目標を引退を決意した時点で明確に持っていました。現役最終試合のセレモニーでも「いつか指導者として戻ってきたい」と話をしましたが、それをかなえるためには指導者ライセンスの取得が必要不可欠です。

 

だから選手の頃にB級ライセンスを取得するなどして、将来に向けての準備を進めていました。

―指導者になる準備を進めつつ、メディアで解説のお仕事も始められました。

 

ここで大きな壁にぶつかることになりました。「解説って、サッカーのこと話せばいいんでしょ?」と簡単に考えていたのですが、これが思っていたほど簡単なものでもなかったのです。

 

番組視聴者はサッカーを知らない方が大半なので、簡単な言い回しでわかりやすく伝えなくてはいけません。しかし「人に伝える」という視点が当時の僕にはなかったので、言葉の使い方、伝え方で非常に苦しみました。

 

これまでプレーしていたサッカーについても、本を読んで勉強し直しました。すべては「人に伝える」ためです。これは指導者になった今でも継続しています。

アスリート時代に積み重ねた忍耐力

―新たに始められた解説というお仕事の中で、アスリート時代のどんな経験が活きたと思いますか。

 

それは「苦しい時に頑張れる力」です。サッカーでは苦しい状況が毎試合、常に訪れます。そこで耐えきる忍耐力は、現役時代にしっかりと身につけることができたなと感じています。

 

また、僕はサッカーにもメディアの仕事にも「絶対に負けたくない」という気持ちで臨んでいました。「絶対に負けたくない」と思うから、ミスをしても「次にどうやって取り返そうか」と考えるようになります。忍耐力も身についているので、逃げ出さずに壁と向き合えるのです。

 

この点はサッカーもメディアの仕事も同じです。チームとして、みんなで番組を作っているので、自分のミスでスタッフさんに迷惑をかけるわけにいきません。チームをまとめるためには僕がしっかりやらなきゃいけないという自覚と責任を持って臨んでいました。

 

このように、これまでの経験が引退後の仕事に活きましたが、メディアでの経験も指導者としての今に活きています。指導者の大きな役割は「伝える」ことです。教え子たちを導くためには、いかに上手く言葉を使い、伝えるかを考えなければいけません。

 

メディアでの解説の仕事は指導者になるためのいい準備となりました。

「人間力」がどこでも活躍するための重要な柱になる

―2013年には、いよいよ指導者としての道が始まったと伺っています。

 

解説の仕事を経て、2013年には常葉大学浜松キャンパスサッカー部の監督に就任しました。そこで指導者としての経験を積み、2022年に清水エスパルスへユースの監督として戻ることができました。

 

ユースでは選手育成というミッションを与えられたのですが、サッカーだけを教えればいいかというとそうではありません。人間形成の部分も指導していきたいと考えています。

 

普段の挨拶や身だしなみ、練習に取り組む姿勢、全員で声を出し、意識を高めることまでを彼らに伝えることで、サッカーももっと伸びる。大学で9年間チームを持たなければ気づけていなかったと思います。

 

僕は指導者として「人間力」を重視しています。「人間力」とは、「自立したひとりの人間として力強く生きていく為の総合的な力」のことです。この力を備えていると、どのような場所でも必要とされる人間になれるはずです。

 

どんな選手もいずれは必ず競技をやめることになりますが、その後の人生で新たな組織に属する人も多くいます。そこで活躍するために何が一番重要な柱になるかというと、それは「人間力」だと思うのです。

大学での指導の際にもよく「必要とされる人間になりなさい」と伝えてきました。ユースの場合は30人ちょっとの、ある意味仲のいい少人数での競争ですが、大学の部活となると100~200人という大勢のなかでの競争になります。

 

よほど突出したものがないと、競争の中で輝くことはできません。ですが、違う世界で輝ける可能性も大いにあるのです。そのためには、人間力を高めること必要です。「組織にとって必要な存在だ」と感じてもらうことができれば、新たな道が開けていきます。

 

だからこそ僕は、「必要とされる人間になりなさい」と教えています。

実際にやってみせ、言葉と背中で伝える

―選手たちに想いを伝え、それを理解して貰うのは簡単なことではないように思います。

 

たしかに「大事なのは人間力なんだ」と言葉にするだけでは伝わりません。自ら背中を見せることもひとつの方法です。

 

僕がユースのクラブハウスに初めて入った時、階段が人工芝で汚れていました。そこで「汚れているから掃除しなさい」と言うのではなく、僕が掃除したんです。するとユース生がそれを見て感じ取ってくれて、そこから毎日みんなで掃除するようになりました。

 

人が嫌がることも率先してやる、誰かに言われなくても行動する。そうすれば人間力は養われていきます。この気づきは早ければ早い方がいいし、早く気づけた人は社会でも大きな戦力になります。

アスリートの持つ組織の中で何をすべきか判断する力

―「人間力」はどのような場面で養われるのでしょうか。

 

人間力は組織のなかでも養われていきます。例えばサッカーであれば、チームとして試合に臨みます。他者との連携を図りながら進めるため、上手く噛み合わないこともあります。苦しいんですよね、プレー中は。

 

でも勝ったときの達成感はそれ以上のものがあります。勝った喜びや負けた悔しさをチームで分かち合うことで人間の軸の部分が形成され、苦しいことから逃げ出さなくなります。そしてみんなでどうやって乗り越えるか、ミーティングしながら意見を言い合うのです。

 

こういった体験を積み重ねることで、目標達成のために自分が、そして組織が何をすればいいのか判断できるようになっていきます。プレーを通して形成された人間力は、アスリートの持つ特殊な能力だと僕は思っています。

 

ただ、多くの組織では「人間力の高い人材」があまりいないのも事実です。先ほどの「困難を乗り越えるために意見を言い合うミーティング」は、企業でやってもすぐに意見を出せる人は多くないはずです。

 

最近は学校でも「みんなで何かを成功させよう」という場面が少なくなってきているように感じます。そうすると人間力を養う機会もあまりなく、自発的に行動することの重要性に気づく人が減っていきます。このままでは、社会の中で自立して物事を進めていける人物が増えていきません。

 

だからこれまで以上に、「競技の中で人間力を鍛えている人たち」が求められるようになると思うのです。

適正を誤らないためにもビジョンを持って外の世界へ

―次のステップを考える際に、なにがアスリートの強みとして活きるのでしょうか。

 

人間力以外にも、アスリートのもつ能力は企業に属しても存分に発揮されるものです。簡単に言うと、アスリートは身体が動く分、考えていることを行動で表現する能力が高い。これが最大のストロングポイントです。

 

チームにおいて他者との連携は欠かせませんが、アスリートの持つ「動きで考えを表現する」力が組織の中で効果を発揮します。細かな言葉と合わさることで、より直感的にコミュニケーションを取ることができるのです。また、個人として組織のためにどう戦うかという思考は、サッカーをやっていると必然的に身につくものです。

 

大学監督時代、就職ガイダンスに来られた企業の皆さんがサッカー部という戦力を欲しがったのも理解できます。しかし、どの分野に進んでも必ず成功するかというと、そうではありません。自分の適性がどこにあるのか見極めることも大切です。

―澤登さんご自身は、セカンドキャリアについて他の選手と話をすることはありましたか。

 

ほとんどなかったです。他のチームはもちろん、チームメイトですらライバルですから、「次の相手にはどうやって勝とう」「どうすれば試合に出続けられるだろう」ということに目が向いていました。

 

プロはみんな孤独です。

 

ただ私の場合は、サッカー界とは異なる世界の方にアドバイスを貰ったりしていました。しばらく試合に出られない時期があったのですが、「腐らずにやれ。必ず誰かが見てくれている」と声をかけてくれた方がいます。サッカーとはまるで関係ない分野にいる人にこういったことを言っていただけたのは大きかったですね。

―「サッカー界以外の人」との繋がりはいかにして生まれたのでしょうか。

 

これについては、ゴルフが良い効果を発揮しました。一度のラウンドで長時間一緒にいるわけですから、次第に相手の素の部分も見えてきます。そこで「この人とは長くお付き合いをしたいな」と思う方と出会えることもありました。

 

こうして様々な方とお会いすることで、何かあった時に自分を助けてくれる存在と出会えるかもしれませんし、逆に自分が相手を助ける存在になれるかもしれません。こういった関係は、いわゆる「社交場」に顔を出さないと築けないものでしたね。

 

それにメディアの仕事も、他業界の繋がりを作ることに効果的でした。そうした準備をするために、マッチングのサポートやキャリアの紹介はいい機会になると思います。選手の中にはいつクビになるかわからないという状況で、「何かしなければいけない」と考えている人も一定数いるのです。でも何をすればいいのかわからない。

 

だからこそ周囲や専門家からのレクチャーを受けることが気づきにつながり、引退後のビジョンを描けるようになるのだと思います。自分が本当は何に適しているのかわからない場合も多いので、アスリートのキャリア支援はセーフティーネットになります。

―セカンドキャリアを考えるためには、周囲からのサポートが欠かせないですね。

 

もちろん、周囲のサポートに頼ってばかりではいけません。現役で活躍している時から「この先はこういうことをやっていきたい」というビジョンを持つことが大事ですし、「何があれば次のステージへ進みやすいのか」を考えることも大切です。常に次のことを考えることによって、プレーも変わってくるでしょう。

 

セカンドキャリアに向けて準備することは、アスリートの「今」にも良い影響を及ぼすのです。

 

いつか辞めることになった時にうまく次のステージへ踏み出すために、最初の材料を作っておくことは、自分自身の強みになるんじゃないかと思います。

 

いろんなことにチャレンジしながら自分を高めるのもいいし、その道一本でいくのもいい。選手をやめた方々も、最終的にどうなりたいかを明確にしながらキャリアアップしていってほしいなと思います。

澤登正朗(さわのぼり まさあき)

1992年Jリーグ清水エスパルス入団以来、14年間エスパルス一筋でプロ選手生活を貫いた「ミスターエスパルス」。Jリーグの初代新人王、ベストイレブン、日本年間最優秀選手賞を受賞するなど、「背番号10」として同クラブ黄金期を支えた。日本代表としても国際Aマッチ16試合出場3得点と活躍。2005年惜しまれつつ現役を退く。引退後は、日本全国で主催するサッカースクール、イベントで講師等を行う傍ら、ハワイ州サッカー親善大使に就任し現地でサッカースクールを開催するなど、国内外で次世代のサッカー選手育成に努める。また、サッカー解説者としても活躍。2013年4月より、常葉大学浜松キャンパス(現・常葉大学)サッカー部監督に就任。技術だけでなく人間力を高める教育をモットーに、9年間で11度の全国大会出場に導く。2022年から、清水エスパルスユースの監督に就任。

CREDIT
interviewer: Isako Yamazaki
writer : Rieko Narita
editor : Takushi Yanagawa
director : Yuya Karube
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