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掲載日:2023.9.28
最終更新日:2023.10.17
【後編】あなたにとっての「かち」はなんですか?警察官からK-1ファイターになった男が味わった暗闇と人生の矜持
NEVEROVERはアスリートのキャリアに特化したサイトであるが、「キャリア」にはそれぞれのアスリートが歩んできた人生そのものも含まれる。今回の主役はプロ格闘家の愛鷹亮。彼は5年間に渡る警察官としてのキャリアを経てプロアスリートの世界に進んだ。いわゆる「セカンドキャリアがプロアスリート」というパターンで、プロキャリア終了後はサードキャリアとなる。本記事では現役K-1ファイターである愛鷹亮が妻、そして元アイドルである佐藤すみれと開催した講演会『アスリートとアイドルの生きる道』の内容と、その後の独占インタビューをもとに、彼の人生模様を3回に渡って描く。リスクを重く感じるセカンドキャリアに飛び込むことにどれだけの覚悟と勇気を要するのか、何をすれば夢だったセカンドキャリアを掴めるのか。そしてどんな困難が待ち受け、その先に何があるのか。リアルな声と共にお届けしていきたい。
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INTERVIEWEE
愛鷹亮(K-1ファイター)
interviewer / writer : Takahito Ando
あの時、「今」を生きてはいなかった

中編はこちらからご覧ください。

 

2020年、スタートダッシュで躓いた。3月22日にさいたまスーパーアリーナで行われた『K’FESTA.3』に出場し、宿敵・カリミアンとK-1王者のタイトルをかけて再戦を行った。

 

ここで勝利すれば、夢だったK-1のチャンピオンベルトを手にすることができる。人生をかけたつもりで臨んだ彼は、1ラウンド目でカリミアンからダウンを奪う。

 

だが、「ダウンを奪った時に、自分の目の前にベルトが浮かんでいた。ベルトをとった先のことばかりを考えてしまい、『今』に集中できていなかった」と、そこから相手を追い込むことに失敗し、今度はカリミアンの回し裏拳をモロに浴びてしまい、一度リングに沈んだ。

 

見えたのはベルトではなく、天井だった。

慌てて巻き返しを狙ったが、時すでに遅し。勝負は判定までもつれ込んだが、レフェリーが握った彼の手は上がらなかった。

 

夢まであと一歩のところで敗れた試合後、彼の心の中に強烈な後悔の念が生まれたのは言うまでもないことだが、悪いことは続いた。

 

これまで感じたことのない違和感を眼に覚えた。数日経っても違和感は消えず、眼科を数件回ったが、どこでも診断は「問題なし」。だが、徐々に黒い影が視野に入るようになり、その幅はどんどん広がっていった。ついに彼の視野は相手の顔を正面しか見られないという程まで狭まっていた。

 

慌てて大病院に行き、精密検査を受けると、診断は両眼の網膜剥離。両眼の網膜が半分以上剥がれていて、失明の危機にまで陥っていたのだ。

 

「もう絶望しかなかった」

 

診断を受けた時に膝が震えた。

 

「夢まであと一歩のところまで来て、もう一度チャレンジしようとしているのに、なんてことが起こってしまったんだ」

 

現実を受け入れられなかった。だが、失明をしてしまったら、K-1チャンピオンはおろか、格闘技を続けること自体が不可能になる。「手術をすれば殴られても大丈夫、見えるようになりますよ」という医師の言葉を信じ、彼は手術を決断した。

憧れたはずの輝く世界が恐怖で暗闇に変貌

手術は成功し、医師から復帰の許諾も得た。「さあ、リスタートだ」と思い練習を開始すると、どこかおかしい。スパーリングをしてもいつもは見えるはずのパンチ、キックが見えない。そしてパンチを避けきれずに受けると、一気に脳が揺れて相手が二重に見えてしまう。

 

当然、この状態で相手を倒せるはずがない。スパーリングで後輩に圧倒されてしまうことが増え、彼はパニック状態に陥った。

「打たれ強いことを武器にしていた自分がなんでもないパンチとキックに劣勢を強いられ、時には打ちのめされる。当たったら眼がどうなるかという恐怖ではなく、その時は自分の中にあった格闘家としてのプライドが傷ついてしまっていた

 

当時、クルーザー級の日本最強と言われていた自分がこんなにも落ちぶれてしまったのかということを認めたくなかったし、そんな自分を見せたくなかった」

 

術後数ヶ月の状況ですぐに、怪我をする前のクリアな視界が確保できるとは思っていなかった。本当に相手のパンチ、キックが見えなかった。だが、「目のせいにするのもダサいし、口に出すものじゃないと思った」と意地も邪魔をした。

 

さらにこれまでは全く気にならなかったが、着実に彼の身体にはこれまでの戦いのダメージが蓄積されていた。特に脳へのダメージは大きかった。

 

身体が言うことを聞かない。ここからもう一度、K-1チャンピオンに向かって突き進みたいと思っていた自分の心と身体のギャップに苦しみだし、いつしか心までもが身体の不調に引きずられてしまった。

 

「練習に行こうとすると、一気に身体も心も重りがついたかのようになってしまった」

突然の事態に動揺を隠せなかった

次第に練習に行くのが怖くなっていった。練習に行けば醜態を晒す。それでより自分のプライドが傷つけられ、惨めな思いを味わう。月日が経てば経つほど、どんどん無気力になっていく自分がいた。

 

「練習に行くのも淡々と業務をこなすだけというか、与えられたメニューをこなし終わったらすぐにシャワーを浴びて、逃げるように家に帰っていたんです。ジムを出た瞬間に『あ、終わった』と気持ちがぱっと軽くなるんです。でも、次の日の朝を迎えると憂鬱な気持ちなるという繰り返しだった」

 

実戦に復帰をするが、勝てない。それでも練習の日々は続く。1年が経過する頃には格闘技を見ることも嫌になっている自分がいた。

 

その期間は2年以上続き、その間に彼は6連敗を喫した。

 

「連敗中の僕は正直、格闘技が怖いし、逃げたいという気持ちが強かったので、応援してくれている人には本当に申し訳ないのですが、試合が終わると『あ、やっと終わった。負けちゃったけど、もう帰ろう』と思っていました。

 

『悔しくてたまらない、次だ』という気持ちには一切ならなかった。もう自分が生きていたようで死んでいたような、生き地獄でした」

 

あれほど夢見て、充実していて、何より大好きだった格闘技が恐怖の対象になってしまった。これまで輝いていた世界は真っ暗になった。

最愛の家族の前で一度も勝てていない自分

どん底へと沈む彼の心の支えはただ1つ、家族だった

 

網膜剥離が発覚した直後に出会い、手術後の2020年12月31日の自分の誕生日に入籍をした妻・佐藤すみれと、翌年の6月24日に生まれた娘の存在が壊れそうな彼をギリギリのところで支えてくれた。

家族の存在が愛鷹を繋ぎとめた

「家にいる時間が自然と増えていったんです。妻は自分がいくら負けても、見えないところでは泣いていたみたいなのですが、僕にはそういう顔は一切見せないで常に笑顔でいてくれた。今思うと家では格闘技の話をしてこなかったし、それでもアスリートフードマイスターの資格を取って、栄養管理された食事を毎日作ってくれたんです。

 

格闘技の世界では、もう自分は必要とされていない落ちぶれた人間に成り下がっているかもしれない。けれど家庭ではそうではなく、あたたかい場所がある。だからこそ精神は保たれていたのだと思います。それがなかったらもう辞めていたし、今何をしているか想像もつかないですね」

 

家に帰ったら変わらぬ日常がある。自分を必要としてくれるし、居場所がある。家族に救われていると感じれば感じるほど、今の自分に対して危機感を覚えるようになっていった。

 

「結婚してから一度も勝っていない自分のせいで、妻が周りからいろいろと言われてしまっている。そうさせてしまっている自分がめちゃくちゃ悔しかった。いいところを見せたいのに、惨めなところしか見せていなくて、勝った時の喜びをまだ味わってもらっていない。それが凄く心残りだった」

 

試合に勝利をすれば自分はもちろん、周りも笑顔になる。一番自分の味方であり、支えとなっている家族にあの感動を味わわせていないのに、このまま終わっていいのか。

あの魂の輝きをもう一度

「このまま終わってたまるか」

 

暗闇の中に差し込んだ光は、自分がこれまで持ち続けてきた反骨心だった。自分が闘う意味と価値が徐々に見えてきたことで、彼の目には輝きが戻ってきた。

 

2022年が終わろうとしている時、翌年の3月にK-1とRISEという2つの格闘団体の対抗戦開催が決まり、愛鷹はクルーザー級のK-1代表に抜擢された。相手はRISEの南原健太。極真会館に所属し、那須川天心のライバルだった空手の選手という申し分ない相手との対戦が決まったことで、彼の心は一気に燃え上がった。

 

「ここで返り咲く」

 

そう心に決めた愛鷹はある決意を固めた。

 

「静岡に戻ってあの頃の自分に戻ろう。格闘技が大好きで憧れていた自分に戻ろう」

初心に帰るために。そして、格闘技と真摯に向き合うために。いつの間にか甘えてしまっていたあたたかい家庭から一度離れた彼は、これまで所属していた神奈川のジムから静岡の力道場静岡に籍を移して、単身赴任をすることを決めた。

 

「まだ子どもも小さく、いろいろ大変な状況下であったにも関わらず、妻は僕の決断に対して笑顔で『頑張ってね』と言って快く送り出してくれた。もう感謝しかありませんでした」

 

これまで暗闇に沈んでいた2年間が嘘であるかのように、彼は格闘技に打ち込んだ。目標を取り戻し、目の輝きも取り戻した彼にとって、日々のトレーニングは楽しさしかなかった。

 

2023年3月26日、愛鷹亮は人生をかけた一戦を有明アリーナで迎えた。

 

「これまでにないくらい良い状態に仕上がった手応えがあったので、恐怖などは一切なく、自分に自信しかなかった」

 

万全の状態で決戦に挑んだが、1ラウンド目で南原の後ろ回し蹴りを受けてダウン。それでも持ち直して得意のパンチで攻勢に出るが、終盤に右フックを側頭部に受けると、連続して左膝蹴りを顔にモロに受け、膝から崩れ落ちた。痛恨の1ラウンドKO負け。

 

またも天井を仰ぐこととなった。だが、その瞬間、愛鷹の心からスッとわだかまりが消えていった。

 

「あの瞬間、『ああ、俺はもうK-1チャンピオンになれないんだな』とはっきりとわかったんです。心が折れたというより、相手にはっきりさせてもらった」

リングから控室に戻る時、ここ数年は見ることができなかった会場全体の様子を見ることができた。その光景は初めてリングに立った時に見えた風景と同じで、格闘家を志した自分が心から望んで、求め続けた原風景だった。

 

「控室に戻った時に、会長に『お前、今までで一番いい顔しているぞ』と言われたんです。自分でも『あ、そうなんだな』と思ったし、すっきりした気持ちだった」

あなたにとって「かち」とはなんですか?

試合後の会見で彼は「10年間格闘技できて最高に幸せでした」と引退宣言とも取れる発言をした。だが、今も彼の肩書はK-1ファイターのままだ。彼は今、次の試合をラストマッチと決めて、格闘家人生最後の期間を走り出している。

 

「引退を撤回した理由は2つあります。ひとつはこの間の試合はRIZEとの試合だったこと。僕はあくまでK-1ファイターなので、K-1で終わりたいんです。もうひとつは家族やお世話になった人たちに僕の格闘家としての最後の姿を見せたいから。7連敗をしても、最後の最後まで挑戦し続ける姿を見せたいんです」

 

今の愛鷹にとって闘うことの意味は、勝ちを掴むのではなく、価値を生み出すということだった。

 

その価値とは何かと言えば、愛鷹自身がこれまで歩んできた人生の価値だ。この世に生を受け、柔道に打ち込みながら、周りとの接し方で悩み、希望の大学には進めず、警察官の道に進んだ。そこから機動隊、逮捕術特練員を経て、柔道への夢を捨てると同時にもうひとつの夢だった格闘家への道に進み、栄光も大きな挫折も味わった。

そして、挫折から立ち直り、最後の舞台に向けてラストスパートをかけている。この彼の33年間の人生にこそ、大きな価値がある。

 

格闘家としての終わりが近づいてきている中、彼は今後をどう見ているのか。アスリートのセカンドキャリアというが、彼にとっては格闘家がセカンドキャリアであり、次はサードキャリアとなる。

 

「僕は知恵が特にあるわけでもなく、むしろ猪突猛進的なところがある。真っ直ぐにしか進めない、周りからアドバイスをもらわないといけない人間ですが、唯一できることは、みんなの風除けになれるというか、前に立てる人間だと思うんです。

 

プレッシャーとかダメージを与えられても、それを耐え切る自信があるので、この強みを生かして、みんなの前に立つ仕事、別の形の表現者として闘っていきたいですね。今、僕にとって『闘う』ということが、目の前の相手を倒すという目的じゃなく、価値を生み出すという目的になった。

 

だからこそ、選手としての人生を終えても、僕は闘い続けて、常に価値を生み出していきたいと思っています」

 

サードキャリアに向けての準備の一環として始めたのが、冒頭の講演会だった。試合コスチュームではなくスーツを着て、マイクを手にして観客の前に立つ。そこで自分の人生、思いを語ることで、競技とは違った形で目の前の観客を笑顔にし、かつそれぞれの今後の人生において勇気と学びを与えることができるかもしれない。そこに愛鷹は価値を見出している。

 

講演会の最後に彼は、来場してくれた人たちに向けて、顔を上げて全員に眼差しを送りながらこう口にした。

 

「これまでの人生や格闘技から学んだことは、自分を信じることの大切さ。その先でこそ気づくことができる価値がある。勝ち続けなくていい、負けてもいい。でも、価値のある人生を送ってほしい。それを自分が周りに示せたら、こんなに幸せなことはないです」

 

サードキャリアをより色濃くするために、何よりこれまでお世話になった人たちに感謝を示すために。次にY叉路に立ったときにも迷わず光り輝く方向に進めるように。

 

目の前のことに全力を尽くす愛鷹亮の目は今、これまでにない輝きを見せている。

愛鷹亮(あいたか りょう)

静岡県沼津市出身のプロキックボクサー。力道場静岡に所属。

妻は元アイドルの佐藤すみれ。

高校卒業後は警察に就職し機動隊員として活動。その後、プロ格闘家になる夢を叶えるために機動隊を除隊。立ち技格闘技の道を志し、Bigbangではヘビー級王座にも就いた。

K-1の舞台では王者シナ・カリミアンを沈めジャイアントキリングを成し遂げるも、怪我で長期離脱を余儀なくされた。現在は自身の引退を懸けたラストマッチに向かい、鍛錬を積む。

CREDIT
interviewer / writer : Takahito Ando
editor : Takushi Yanagawa
director : Yuya Karube
photographer : Fumitaka Nakagawa
assistant : Yuta Tonegawa / Naoko Yamase
SPECIAL THANKS
後藤真子(母)
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