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掲載日:2023.11.7
最終更新日:2023.11.7
【後編】Jリーガー小泉勇人がパフォーマンス向上のためにプロ並の料理投稿を始めた理由と、それが次のキャリアになるまで
2023年3月、小泉勇人は現役を引退した。192cmの長身GKとして鹿島アントラーズユースから2014年にトップ昇格をすると、鹿島で3シーズン半、J2の水戸ホーリーホックで1シーズン、J3のグルージャ盛岡(半シーズン)、J2のザスパクサツ群馬(半シーズン)、ヴァンフォーレ甲府で3シーズン半を過ごした。出場機会は盛岡に在籍したときに記録したJ3リーグ12試合、甲府の1年目に記録したJ2リーグ1試合に留まるなど、選手として成功を収めたとは言えないが、彼は今、ビジネスシーンにおいて大きな注目を浴びる存在となっている。小泉はプロサッカー選手としての日々で何を感じ、どのような思考のもとで行動をしていたのか。ビジネスシーンで何をして、何を求めているのか。そしてアスリートがSNSを活用することをどう捉えているのか。彼の本音を聞くと、そこには多くの重要な気づきと行動、思考があった。
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INTERVIEWEE
小泉勇人(元Jリーガー×料理研究家×実業家)
interviewer / writer:Takahito Ando
小泉が躍動する今とこれからのヴィジョン

中編はこちらからご覧ください。

 

今、小泉はどのような仕事をしているのか。

 

彼は引退と同時に株式会社en’s lifeを立ち上げると、一般向けの料理教室やオンラインサロンを開設。料理指導をするだけではなく、エプロンや食器・箸類などをプロデュースし、販売するようになった。

 

さらには、多くのプロ選手から栄養指導や料理によるサポートを求められ、プロサッカー選手だけではなく、プロ野球選手、オリンピック選手などへの指導も行っている。時にはプロ野球選手の合同キャンプに帯同して、自ら料理の腕を振るうなど、仕事の幅を一気に広げていった。

引退と同時に株式会社en’s lifeを立ち上げた

 

2021年に取得した資格を生かして、パーソナルトレーニングやメンタルアドバイスなども行うようになった。2023年6月にはもう1つの法人を立ち上げ、広島のレストランと提携して冷凍惣菜の全国発送をしている。それだけに留まらず、遺伝子検査の結果を元にして、その人それぞれに必要な栄養素を計算して惣菜に反映させるなど、食と健康を紐付けた事業も展開している。

 

「健康な体を維持するために何をすべきかを多くの人が考えるようになったこともありますし、これはアスリートとの親和性も高くて、遺伝子検査をすることで自らの体の構造をより明確に、具体的に知ることができる。

 

僕自身も曽ヶ端さんや甲府で正GKを張っていた河田晃兵さんのような強靭なフィジカルを手にしようと頑張っていたけれど、どうしてもその差を埋めることが出来なかった。でも、遺伝子検査を行った時に、そもそも自分の身体の作りからしてこれまでのアプローチではフィジカルが強化されないことが分かったんです。

 

結局、みんな正解が分からないから模索しながらやっている、ブラックボックスの中で手探りしている状態。そこですぐに見つけられたらいいけど、手際が悪ければ時間だけがかかる。僕は10年かけて、やっとの思いで見つけ出して、そこでサッカーが楽しくなった。一般の人に向けても、アスリートに向けても遺伝子検査ができるように事業を進めています」

 

8月には正社員も加わり、徐々に会社としての仕事の幅や組織も拡大していこうとしている。多忙になっていく中でもSNSでの料理投稿は続け、今ではフォロワー数は10万人を突破。今年は3つの出版社からそれぞれコンセプトの異なるレシピ本が刊行予定など、今やインフルエンサーとしても存在感を放っている。

書籍も刊行された(写真はイメージです)

 

「現役を引退してから、本当に怒涛の期間を過ごしています。サッカーをやってきた20年近くよりも、辞めてからの半年の方が長く感じます。目に映るあらゆるものが新しくて、吸収することが多すぎて、この半年間で既に10年くらい過ごしたような気分です」

 

目まぐるしい日々を送る中で、小泉は今後どのようなヴィジョンを描いているのか。まず彼が口にしたのは、「食に携わる人たちの価値を上げること。そしてアスリートの価値を上げていくこと」だった。そのための手段としてそれぞれの市場の拡大と、自身がインフルエンサーとしての立場を活用して、世に向けて食とスポーツ界を発信し続けることにあると認識している。

アスリートのコミットする力を信じるべき

改めて彼にアスリートのセカンドキャリアをどう捉えているかを聞いてみると、「そもそも今の自分を『セカンドキャリアに進んだ人間』とは思っていません」とはっきりと答えた。さらにその理由を問うと、「今の方が勝負の世界で生きていると思うんです」と返ってきた。

 

その真意は、彼が今歩んでいる人生はあくまで「これまでのアスリート人生の延長線上にある」ということだ。あくまでも戦う場所を変えただけで、これまでと同じ勝負の世界で今日まで培ってきた力を発揮し、かつ新たな力を蓄えている。

 

「アスリートにはコミットする力があると僕は思っていて、小さい頃からずっと雨の日も風の日もその競技に打ち込んできている。何度も高い壁にぶち当たっても、そこを突破していくことで、泥臭いこともできるし、難しいこともできるようになる。

 

アスリートには現役中だろうが、引退後だろうが、スポーツをやってきたことに自信を持って生きていってほしいし、現役中は競技に熱中して、様々なものを吸収してほしい。その過程の中でいろいろなことを学ぶことで、やりたいことや生き方が定まってくると思います。

 

僕の場合はこれがサッカーから食に置き換わっただけです。どんな世界に行っても『ひとつのことに打ち込んできた経験』には価値があるし、何事にも自分でコミットする力が身についている。その競技を離れても、新たな価値を生み出せる力を持っていると思っています」

 

小泉は自身の経験をもとに、アスリートたちにパフォーマンスの向上と価値の創出・向上に向けての取り組みを行なっている。それは現役アスリートだけではなく、未来を作る子どもたちにも向けられている。

 

「幼少期に食べるものによって、脳機能や身体機能が変わるなど、食は子どもたちの発育に大きな影響を及ぼす一方で、親の経済状況や家庭事情など社会問題もあり、食の提供自体にもばらつきがあるのが現状。それを微力ながらなんとかしたいと思っています」と語るように、彼は全国のこども食堂や児童養護施設などに食材の寄付や料理の提供を積極的に行い、保護者に向けた食育も行なっている。

 

「僕をハブにしてたくさんの人が食に対する興味を持ち、かつ僕が元Jリーガーということでサッカーにも興味を持ってくれる。それこそが僕が今、社会に対して提示できる価値だと思います。老若男女、アスリートも含めて、今の種まきが10年後、20年後に大きな成果をもたらすと信じています」

 

彼が見つめる未来には壮大なものがある。それを絵に描いた餅で終わらないように、彼は自分の人生に一貫性とストーリー性を持たせながら、一歩ずつ前に進み続ける。

取材後記:水戸ホーリーホックで受けたMVPの率直な感覚

今回紹介した小泉勇人は、2017年5月から2018年5月までの1年間、水戸ホーリーホックでプレーをしていた。

 

西村卓朗氏が2018年に発案して取り入れたMake Value Project(以下・MVP)の初期に参加していたことになる。この時のことを彼に聞くと、「正直、最初は嫌々受けていたんです。『なんで貴重な午後の時間を潰してまでやるんだろう』と思っていました」と正直な答えが返ってきた。

 

なぜこのことを聞いたかというと、小泉の発言をずっと聞いているとMVPが目指している真の目的が彼の行動の中にしっかりと組み込まれていて、まるで彼の存在がMVPを行う意義の貴重なロールモデルであると感じたからであった。

 

このことについて小泉は、ホーリーホック在籍時には一切気がつかなかったが、チームを離れ、キャリアを重ねていくうちにその意義や意味が分かっていったという。

 

「食事を発信して自分の価値を見出すようになってから、MVPが本当にアスリートにとって大事なことだと理解するようになりました。正直、『MVPを受けてもプレーパフォーマンスは上がらない』『別に聞かなくてもいいな』と思っていた時期もありました。

 

それはやっぱり僕自身がアスリートとしての価値観に固執してしまっていたからだと思います。その外にある価値観に対して目を向けられていなかった。そんな自分に対して西村さんは別の価値観があることを教えてくれようとしていた。

 

正直、もっと真剣にやる気を持って聞いていればよかったと後悔している部分はありますが、少なからず僕の中ではMVPを受けたことで視座が高まりましたし、社会人としての、人間としての枠組みや視野が広がることで、社会に出た時に大きな武器になることは実感として間違いありません。本当にホーリーホックは素晴らしいことを行っているなと思います」

 

今や小泉は、MVPの中で大事にしている価値の創出の中で、ストーリーバリューの創出と発信を地で行く存在だ。人間の魅力の1つは、その人がどのようなストーリーを歩んできたのか、その過程で何を得て、自分に反映させているかにある。

 

このストーリーバリューを自分できちんと把握して、新たに作り出しながら発信をしていく。インプットとアウトプットを繰り返していくことこそが、アスリートに限らず、社会人として必要なことであり、自らの価値を創出し、自己認知と他者への認知を同時に続けることで、どの世界(自分に適した世界)でも活躍できる人間となれる。

 

「サッカー選手はプロに入ることで周りからチヤホヤされるのですが、決して給料は高くはないですし、月日を重ねれば重ねるほど、同じプロ選手でもどんどんステップアップをして高給取りになっていく選手もいれば、変わらなかったり、むしろステップダウンをして年収が下がっていく選手もいます。

 

それでも同年代の中では最初は高給取りの部類に入るのですが、大学生だった同級生が就職して、さらに年齢を重ねていくうちに給料が逆転したり、社会的地位にも大きく差が出たりし始めます。自分は現状維持かむしろ下がっていくのに、周りは上がっていく。

 

そのギャップにも苦しむんです。起業して大成功を収めている同級生も出てくる中で、『自分は何をしているんだろう』と思い始める。これだけ努力をして、東京大学に入るよりも狭き門をくぐり抜けてきたのに、一般企業でいえば上位数%に入っていて、何千万、何億円規模の企業人になっていてもおかしくないはずなのに、アスリートの社会的地位は高いようで低い。

 

この現実に愕然とすることが、年齢が上がれば上がるほど増えました。だからこそ、MVPのようなきちんと社会的な自分の価値、自分の人生の立ち位置と方向性をアスリートのうちから学ぶことは物凄く重要なことだと思います」

 

NEVEROVERでは多くのアスリートのセカンドキャリアを軸にコラムを展開しているが、どのストーリーにも必ずリンクする部分がある。つまり、そのリンクする部分こそが、アスリートにとって重要なことであり、社会人としても重要なことである。改めてそれを感じたからこそ、この特別編を最後に付け加えた。

 

社会で躍動している人にはそれぞれのストーリーがあり、そのストーリーに価値がある。これからもここでそれをしっかりと伝えたいと決意し、小泉勇人の物語を締めたいと思う。

 

取材後記に登場する西村卓朗氏の記事はこちらからご覧ください。

小泉勇人(こいずみ ゆうと)

茨城県神栖市出身の元プロサッカー選手。ポジションはGK。
2014年に鹿島アントラーズのトップチームに昇格。その後は水戸ホーリーホック、グルージャ盛岡、ザスパクサツ群馬、ヴァンフォーレ甲府を渡り歩く。2023年2月15日に引退を発表、8年間の現役生活に幕を下ろした。
コロナ禍で練習が出来ない時期に本格的に料理に取り組み始め、アスリートフードマイスター3級や上級食育アドバイザーなど6つの食に関する資格を取得した。2021年7月より自炊記録アカウントを立ち上げ、食に関する情報を自ら発信している。

CREDIT
interviewer / writer : Takahito Ando
editor : Takushi Yanagawa
director : Yuya Karube
assistant : Naoko Yamase
SPECIAL THANKS
兼下真由子(WINメディテーション®創始者 / 株式会社WINメディテーションジャパン代表 / 株式会社WINZONE代表)
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