ここ最近、アスリートのキャリア問題は社会的にも注目を浴びている。TBSドラマ『オールドルーキー』でも取り上げられるなど、マスメディアにおいても引退後のアスリートのキャリアについて扱われるケースが増えた。
我々に多くの感動やエネルギーを与えてくれるアスリートであるが、現役引退という現実に直面したとき、彼らが金銭的・精神的に問題を抱えることは少なくない。
私が事業責任者をつとめるAth-upチームではセカンドキャリアを支援するために、日々問題の原因と解決策についてアスリートやスポーツ関係者からリサーチを重ねている。 そうしたなかで、セカンドキャリア問題が加速した背景として、以下のような仮説が浮かび上がってきた。
1.コロナによるスポーツ業界の大打撃による、引退者の増加。
2.プロリーグ化の加速による将来的な引退者の増加
3.これまでの「典型的な受け皿」が飽和し、採用枠がない
本編では、筆者が立てた仮説についての解説をしていく。
2020年から流行した新型コロナウイルスは、スポーツ業界に深刻な影響を与えた。コロナ禍による試合や大会の中止、無観客試合などでチケット収入は大きく減った。また業績下降不振の企業が増えたことにより、スポンサー収益も苦戦が続く。実に多くのプロスポーツチームが収益を激減させた。
このような中で最初にコストカットの対象となるのは、高年俸のベテラン選手だ。チーム経営における支出の中で大部分を占めるのが選手人件費。その中でも特に年俸の高いベテラン選手との契約にメスが入るのは、必然の流れだろう。
平時であれば多くの経験やファンからの支持をチームにもたらしてくれるのがベテラン選手。それはどんな時も変わらないだろうが、だがこの時勢においてはチームの財政状況を圧迫する要因の一つになってしまう。そのため、チームはとしても苦肉の策により契約を続けず契約満了を迎え、ベテラン選手はその後の移籍先を見つけられないまま引退となってしまうケースが増えた。
2023年現在ではスポーツ業界も日常に戻りつつある。だがコロナ渦によるダメージから完全に回復するには、未だしばらくの時間が必要だろう。
2016年に発足した「Bリーグ」を皮切りに、ラグビーやハンドボールなどでもプロ化が進行しつつある。かつて日本スポーツ界を支えてきた実業団モデルには、競技引退後の選手がそのまま所属企業で働けるというメリットがあった。実業団に所属した選手が競技に臨む場合、「(頻度は様々だが)仕事をしながら競技をする」、「引退した後はそのまま実業団の母体企業に就職し、終身雇用で勤める」という流れが一般的だった。
一方でプロ化をすると、選手としては短期的には報酬を高められる可能性が高くなる。しかし現役選手時代という限られた時間だけでは、2~3億円ともいわれる会社員の生涯年収以上の収入を手に入れることは簡単ではない。オーストリアでの研究によると、競技時代の功績のみで生活基盤を築くことのできるアスリートは全体のわずか3%だという。
しかしながら、プロ化によるメリットは決して小さくない。プロ化することで、チームや選手のマスメディアへの露出増加や競技のエンタメ性の向上に繋がる。なにより選手が競技一本に集中できるようになる。こうしたことからプロ化に向けた意欲は選手や競技団体も強く抱いており、スポーツ業界におけるプロ化の流れは一層進みつつある。
競技のプロ化にあたっては、リーグやチームの体制を変革する必要があるが、その立ち上げから運営には金銭的にも人員的にも非常に大きなコストが必要となる。そのため、リーグとしては目前の興行や全体の収支、各チームの安全経営などにフォーカスすることになる。またチームや選手も、オーナー会社に頼らずスポーツ活動のみで収益を上げることを目指すため、目下の試合の集客や勝利に集中することになる。
そのため、セカンドキャリアへのリーグやチーム、選手の対応策や準備の優先順位は落とされてしまうのが現状だ。
また、華やかなプロリーグができたことで、将来のプロ入りを目指す学生選手も増えていると聞く。実業団でのキャリアをイメージしにくかった学生選手たちも、明確に「プロ」という目標を持ち始めた。夢を持ち努力する若い選手たちが増えることは喜ばしいことではある。だが、仮にプロとなってもその数年後にはセカンドキャリア問題に直面する可能性があるということを、彼らは認識しなければならない。
引退するアスリートに続いていた次の職業、いわゆる「典型的な受け皿」が飽和状態にある。これは、いまや日本でも大人気スポーツのひとつとなったサッカーを中心に起きている事象だ。一般的によくイメージされるスポーツ選手の「典型的な受け皿」といえば、指導者や解説者がイメージしやすい職業だろう。
日本でトップクラスの競技人口を誇るサッカーのプロリーグ「Jリーグ」は、開幕から30年という歴史の中で発展し、J3リーグまで創設されるなど「職業サッカー選手」のすそ野は大きく広がった。
ただ、門戸が開かれ多くのルーキーがデビューする一方で、戦力外となり引退する選手の累計数は年々増えていく。毎年100人以上がトライアウトに参加し、その中で50人前後が現役引退の道を選ぶことになる。現役を退く選手が増える中で、指導者や解説者・TVタレントといったこれまでの「受け皿」が飽和状態になっている。
指導者や解説者には選手と違って年齢的な原因による引退はないので、枠が増えることはそうそうない。また、少子化により指導対象となる子ども達が増えないため指導者の枠の数も増加することはないだろう。さらには指導者として上にあがっていく競争倍率も高まっている。かつてはJ1でのプレー経験のある選手などは、引退後そのままユースやジュニアユースなどの“育成組織”のコーチに就任することもあった。
だが現在では、J1や五輪代表経験者でも、“普及組織”であるスクールのコーチに就くことも増えた。それだけ指導者の厚みが増したのは喜ばしいことでもあるが、仮にスクールの指導者からトップチームの監督を目指すとすれば、相当な年月と実績が必要になることであろう。
解説者やタレントについても同様か、さらに厳しい。元々TVに出れるアスリートは日本代表の人気選手レベルの知名度が必要で、かなり枠として限られている。また地上波でスポーツが取り上げられる機会も減少しつつあり、たとえ日本代表経験のある選手であっても、引退後にTVやメディアでの仕事だけで生計を立てることが簡単ではなくなってきていると伺った。
「受け皿の飽和」によって苦労している「少し上の先輩」の苦労をみてか、現役選手が考えるキャリアの選択肢も変容してきた印象がある。
私は様々な選手にセカンドキャリアのプランを聞くが、「指導者になりたい」というサッカー選手は想像以上に少ない。あるサッカー選手は「指導者になったとしても、これまでの選手経験の延長線でやるだけで、社会で上に登っていくためのスキルはつかないし、キャリア的にも先が見えない」と言う。「将来改めてスポーツに関わりたいという気持ちもあるが、まずは家族を支えられるだけの収入を確保しつつ、社会人としての基礎経験を積みたい」と、他業界への就職を模索しているという。
他方、Bリーグでは引退直後の選手が、GMについたり2~3年の指導者経験で監督になる事例もある。リーグ創設から10年以内のBリーグでは、まだまだ指導者やフロントスタッフの受け皿は空席があるかもしれないが、これから徐々に門が狭くなっていくと考えられる。
いずれにせよ、プロスポーツリーグが発展し、引退した選手の累計数が増えるほど、スポーツ業界に残る選択肢は狭き門になっていく。こうした問題を解決していくためには、スポーツ選手が持つポテンシャルを、他の産業も活用していくことが必要であろう。
2020年の東京五輪の開催という追い風を受けて成長してきた日本スポーツ業界ではあるが、新型コロナウイルスというアクシデントに加え、プロ化の加速の影響で引退者が増え、引退後の受け皿も飽和することにより、アスリートのキャリア問題は加速することとなった。
この問題を解決し、アスリートのキャリアを総合的に豊かなものにしていくためにも、今後は選手・チーム・競技団体・リーグといったスポーツに携わる全員がアスリートが抱えるキャリアの現状をより深く認識し、またキャリアサポートを行う第三者機関との連携も深めていく必要があるだろう。
後編はこちらからご覧ください。
山本大輔(やまもと だいすけ)
静岡県出身。筑波大学体育専門学群卒。
大学時代は体育会蹴球部に所属。風間八宏氏のサッカースクール等でサッカー指導者を経験。
2015年に大手人材紹介会社JAC Recruitmentに入社。2018年、スポーツ人材領域のスタートアップ企業であるAscendersに転職。スポーツ業界向けの転職支援、Jリーグクラブとの連携事業、スポーツ専門職の育成事業などに携わった後、アスリートのトータルサポート事業を立ち上げ、責任者を務める。
2022年よりフジ物産に入社。アスリートのキャリアサポート事業「Ath-up」の立ち上げに参画する。